プロテスト一発合格&QT通過で来季ツアー出場へ、ドライバー270ヤード超「能力は断トツ」

 2020-2021年の国内女子ゴルフツアーに出場したアマチュア選手で、最もインパクトを残したのは、佐藤心結(さとう・みゆ=明秀学園日立高3年)だった。スタンレーレディス(2021年10月8〜10日、静岡・東名CC)で、渋野日向子らとのプレーオフに進出。惜しくも敗れたが、その後のプロテストで一発合格を果たし、ツアー最終予選会(QT)も上位で通過した。「THE ANSWER」ではその素顔に迫るべく、佐藤と三觜喜一コーチを取材。共に歩んだ9年間を振り返り、この先のビジョンを聞いた。(取材・文=THE ANSWER編集部 柳田通斉)

 ◇ ◇ ◇

 11月5日。佐藤がポロポロと大粒の涙を流した。2021年度最終プロテストを4位で合格し、会見で感想を求められた時だった。

佐藤「家族やコーチ、お世話になった方々の顔が次々と浮かんで来て、急に涙があふれました。私は小さい頃から負けず嫌いで、できるだけ人前では泣かないようにしてきましたが、うれし泣きは初めてでした。自分でも驚いていますが、いろんな苦労があったので……」

 ただ、佐藤はこの約1か月前にも泣いている。スタンレーレディス最終日、プレーオフで渋野に敗れた直後だ。キャディーを務めていた三觜コーチは言った。

三觜コーチ「僕自身、心結の涙を見たのは初めてでした。あと1歩で勝ってプロテスト免除、1年間のツアー出場でしたし、相当悔しかったと思います。あの試合は本気で勝ちにいってましたし、心結もその気でした。それだけの力が心結にはあります。技術はまだまだですが、潜在能力はプロを含めても断トツですから」

 三觜コーチの言葉通り、佐藤はあと一歩で優勝と「プロテスト免除」の権利を逃した。しかし、270ヤード超のドライバーショットと高弾道のアイアンショット、勝負強いパッティングは、ゴルフファンを大いに驚かせた。突然、現れたスター候補。彼女にはどういう歩みがあったのだろうか。

佐藤「ゴルフを始めたのは7歳で、コーチのところに来たのは、9歳の時です。祖父が『プロを目指すなら、三觜さんの指導を受けた方がいい』ということをゴルフ仲間の人から聞いたようで、私は母に連れられて来ました」

三觜コーチ「僕はスクールに申し込みがあった時、必ず子供と1対1で面接をして、本当に自分でゴルフをしたいのかを確かめるのですが、心結はすごくいい目をしていたんです。『将来、どうなりたいの?』と聞いたら、『プロになって、お父さん、お母さんに大きな家を買いたい』と。トレーニングをさせると、足は速いし、バネもある。なかなかゴルフ界に来ないタイプだと思いました。そして、心結をジュニアでは最後の弟子にしようと決めました。僕は『子供を預かったら10年は見る』と決めていて、当時の年齢(36歳)を考えて、『あと10年、熱量を持って見ていく』と決意しました」

スイング指導をする三觜コーチ、体づくりのため打撃練習は100球以内としている【写真:中戸川知世】

「故障しにくいスイング作り」で打撃練習は100球以内

 三觜コーチのジュニア指導は、あらゆるスポーツに通じる体づくりを基本にしている。長年の指導から、徹底的に正しい体の使い方を覚えさせる方が、上達のスピードが速いことを会得。その上で、「故障しにくいスイング作り」を目指し、専門のトレーナーと一緒に体づくりと動きの練習を行っている。また、「社会性のある大人になってもらいたい」という願いから、挨拶、礼儀、マナーに重点を置き、「厳しく楽しく」をモットーにレッスンを行っている。

三觜コーチ「確かにうちでは、大半の時間をトレーニング、かご練(両手でボールかごを持ってのスイング練習)、素振りに費やしています。そして、『中2までは、1回の練習で100球以上は打たせない』をルールにしています。それ以上打つと、『腰椎分離症のリスクが何倍も高まる』からです。これは科学的なデータに基づいたことです」

 佐藤もルールを守り、打撃練習よりも体づくりに比重を置いてきた。サッカー、野球とゴルフ以外のスポーツにも取り組み、中学時代は陸上部に入部。長距離、短距離に続いて挑戦した砲丸投げでは、神奈川県西部大会で優勝を飾っている。そして、身体能力はさらに高まった。

佐藤「おかげでケガなくやってこられました。『子供の頃から、1回の練習で500球以上を打っていた』という選手もいると思いますが、私は今でも50〜100球を1時間ぐらいかけて、一球一球に集中しながら打つようにしています」

 佐藤のキャリアを振り返ると、小学校、中学校時代は、全国大会上位の常連ではなかった。だが、高3になった21年4月以降、日本女子アマ3位、日本ジュニア4位と好成績を挙げ、スタンレーレディスでは優勝争い。一気に能力が開花した形だが、その背景には、三觜コーチの「目先のスコアにこだわらない」という指導法もあった。

三觜コーチ「ジュニアに対して、成績のことで怒ったり、褒めたりすることはありません。その頃の成績はどうでもいいからです。そして、目先にスコアに一喜一憂するゴルファーにしたくないという思いもあります。なので、問題があれば理由を聞いて、修正していく。終わったことよりも未来に向けて何をすべきか、それが大事ですから」

最終プロテスト中、三觜コーチのアドバイスで佐藤の不安は解消された【写真:中戸川知世】

プロテスト免除を逃した夜に切り替え「負けたことに意味」

 終わったことをいつまでも嘆かない。佐藤も、そのマインドを持っていた。スタンレーレディスを終えた後、すぐに2日後のプロテスト2次予選に気持ちを切り替え、4日間で通算イーブンパー。4位で最終プロテストに進出した。

佐藤「優勝を逃して悔しかったのですが、夜には『逆に負けたことに意味がある』と思えました。翌日には、テスト会場のコースを練習で回って、ラウンドが続きましたが、疲れは全く感じませんでした」

 だが、2週間後の最終プロテストでは不安にさいなまれた。第3日を終えて通算3オーバーで8位。合格圏内にはいたが、ドライバーショットが乱れ、飛距離も大幅に落ちていた。

佐藤「3日目に急に飛ばなくなりました。220ヤード、良くても240ヤードといった感じで……。自分で何を試してもダメでした」

 終了後、他の選手に本調子ではない打撃練習を見られることが嫌で、夕食後、コースから車で約1時間の練習場へと向かった。三觜コーチは当日の午後6時過ぎに現地入り。急いで駆け付けた。

三觜コーチ「もう、練習は終わっているだろうと思っていましたが、『これからです』と言うので、すぐに行きました。そして、アドレスを見た瞬間、『心結、どうした? それ、ジャミラだよ』と言いました」

 ジャミラとはウルトラマンに登場する怪獣で、頭の真横から腕が伸びている。つまり、三觜コーチは「両肩が上がっている」ことを誇張して表現し、「体に力が入らないアドレスになっている」と指摘したのだ。

佐藤「ジャミラは知りませんでした(笑)が、『ハッ』としました。自分では気づかなかったことを一瞬で指摘してくださり、修正したらすぐに飛距離が戻りました」

 佐藤の不安は一気に解消。最終日は71で回り、4位で念願の合格を果たした。続く1次QTを12位で通過、最終QTでは11位に入って、来季ツアー前半戦の出場権を手にした。

佐藤「最終QTもコーチにキャディーをしてもらって、不安なくラウンドできました。次にお願いするのは、(来季ツアー開幕戦の)ダイキンオーキッドです。以前から『プロデビュー戦はお願いします』と伝えてありましたので」

 ダイキンオーキッドでは、日本女子プロゴルフ協会の樋口久子特別顧問との再会も楽しみにしている。スタンレーレディスで渋野に敗れた後、「ナイスショットがピンに当たったりで、惜しかったわね。これは『プロテストに合格して、戻ってきなさい』ということよ。頑張って」と声を掛けられたからだ。

佐藤「お会いできたら、『合格して戻って来ました』とご報告したいです。今、思えばスタンレーレディスで勝たなかったことで、プロテストとQTを経験して、私は強くなれたと思います。苦しくも大きな2か月でした」

「大きな目標は海外メジャー大会で優勝」と宣言した佐藤【写真:中戸川知世】

「イップスの心配なし」でプロデビュー戦から優勝狙い

 三觜コーチとは3度目のタッグになる試合に向け、佐藤は「勝つつもりでいきます」と目を輝かせ、「大きな目標は海外メジャー大会で優勝」と言った。それは、今の若手選手にはリアリティーのある目標で、渋野はプロテストに合格した約1年後の19年に全英オープンを制し、笹生優花は2年後の21年に全米オープンで優勝している。だが、佐藤は冷静に自身の現在地と課題を口にした。

佐藤「私はまだまだですし、このオフは課題のグリーン周りのアプローチとパットを磨きたいです。パットは好きですが、得意とは言えないです」

プロになれば、賞金がかかる。一打の重みを感じる連続で、一つのミスをきっかけにイップスにかかるケースも少なくない。だが、三觜コーチは「心結にその心配はありません」と断言した。

三觜コーチ「イップスはメンタルではなく、技術的な問題です。クラブの動きたい動きに逆らった動きをするため、脳が拒絶反応を起こしているだけなんです。道具の使い方を正しく理解していればいいので、うちの教え子たちは1人もイップスになっていません。それと心結はパッティングも抜群にうまい。あとはラインをどれだけ正確に読めるか、経験を積んでいくだけです」

 可能性あふれる18歳。両親に大きな家を建てる夢も、遠くない将来に実現するかもしれない。

■佐藤心結(さとう・みゆ)2003年7月21日、神奈川・小田原市生まれ。祖父の影響で7歳からゴルフを始め、9歳で三觜喜一コーチに師事。小学生ではサッカー、野球にも取り組み、中学時代は陸上部に入り、砲丸投げで神奈川県西部大会優勝。高校は茨城の明秀学園に進み、今年の日本女子アマ3位、日本ジュニア4位などの好成績を上げている。161センチ。血液型B。

■三觜喜一(みつはし・よしかず)1974年12月29日、神奈川・藤沢市生まれ 東京ゴルフ専門学校卒。PGAティーチングプロA級を所持し、14年にはPGAティーチングアワードで、確立したジュニア指導法が評価されて功労賞を受賞。現在は佐藤の他、プロでは辻梨恵、下川めぐみ、藤田光里、高木優奈らも指導している。

(THE ANSWER編集部・柳田 通斉 / Michinari Yanagida)