2021年3月から大規模改修工事のため、2年を超える長期休館に入る横浜美術館。行楽地としても人気の高い横浜の「みなとみらい21区」にあって、みなとみらい駅からほぼ雨に濡れずに足を運べる好立地ということもあって、観光とセットで遊びに行く人も多いことでしょう。

毎回、モネやルノワールといった近代西洋美術の巨匠を特集したブロックバスター展や、「ヨコハマ・トリエンナーレ」等の現代美術展なども頻繁に開催する一方、地元・横浜ゆかりの意外な芸術家を特集した企画展で目の肥えたアートファンを唸らせています。

同館に足を運ぶのは、たいていの場合お目当ての企画展がきっかけになっているかもしれません。ですが、メインの企画展を見た後、出口に向かう前に「あれ?まだ展示があるぞ?」と気づかれるかと思います。

それが、今回ART HOURSがご紹介する「常設展シリーズ」第2弾で取り上げる「横浜美術館コレクション展」です!それでは、同館のコレクションの特徴を紹介しながら、みどころをレポートしていきましょう。

横浜美術館のなりたちや、コレクションの特徴とは?

横浜美術館がオープンしたのは1989(平成元)年。前述した通り、横浜ベイエリアの観光地に連なる開放的な敷地内にオープンして早くも30周年を迎えました。

同館の特徴は、東京に次ぐ人口日本第2位の巨大都市にふさわしい威容を誇る巨大な美の殿堂であるということ。そのコレクションは、近現代西洋画・近代日本洋画・日本画・浮世絵・版画・写真・映像作品・彫刻・工芸まで、おおよそ19世紀後半以降の近代美術をほぼすべて網羅しています。同館の開設準備がスタートした1982年以降、約40年にわたって収集されてきた収蔵作品数は、実に12,000点以上。特に「写真」コレクションは、東京都写真美術館と並び、国内最大級の充実ぶりです。

その一方、同館は地元・横浜の歴史や文化に密着したローカルな魅力を備えた市民の憩いの場でもあります。土日祝日になると、美術館前庭の噴水では地元の親子連れなどがくつろいでいるシーンが見られます。

そのローカル色は、同館のコレクションにもしっかり反映されており、横浜ゆかりの美術史を辿れる美術作品が重点的に収集されています。特に、幕末の開港以来、外国との通商や文化交流などの玄関口として繁栄してきた「歴史」がたっぷり詰まっているのが大きな魅力でしょう。

同館では、その数多くの収蔵品の中から、テーマに沿って選りすぐりの作品を紹介する「横浜美術館コレクション展」を開催。展示では、珍しい地元作家の作品なども頻繁に紹介されています。

冒頭で紹介した通り、横浜美術館では、毎年3〜4回程度の企画展を開催する傍ら、残り半分の展示室ではいわゆる「常設展」に近い位置づけとして「横浜美術館コレクション展」が開催されています。

そこで、横浜美術館の収蔵品の特徴や魅力を、現在開催されている「ヨコハマ・ポリフォニー:1910年代から60年代の横浜と美術」の内容を取り上げながら紹介していきます。せっかくなので、横浜美術館ならではのローカルなアーティストを中心に絞って見ていくといたしましょう。

横浜美術館の所蔵品コレクションの特徴とは

1)近代西洋画と近代日本洋画

まず、横浜美術館のコレクションで是非見ておきたいのが、“近代絵画の父”と呼ばれたセザンヌの作品2点です。この2点は、相当な高頻度でコレクション展に登場します。

最新のコレクション展でも、2点ともに登場します。そのうちの1点「縞模様の服を着たセザンヌ夫人」が、地元横浜生まれの洋画家・有島生馬の肖像画「背筋の女」と並べて展示されていました。

1910年に創刊された文芸雑誌「白樺」は、志賀直哉や武者小路実篤など、多くの文豪が寄稿した日本文芸史の金字塔的な雑誌として知られますが、文学だけでなく日本の美術界に与えたインパクトも非常に大きなものでした。

「白樺」は、当時まだ日本人が実物を見たことがなかった同時代の西洋美術の巨匠を次々に特集。ゴッホやセザンヌ、ロダンといった、西洋美術の巨匠を取り上げ、日本にモダンアートの誕生を紹介したのでした。

有島生馬は、1906年から約4年間パリへと留学。現地へ滞在中、セザンヌの没後初めての大回顧展が開催されたサロン・ドートンヌを「ナマ」で鑑賞できたという僥倖に恵まれ、そこで得た衝撃の鑑賞経験を、後日帰国してすぐに立ち上げた「白樺」へと寄稿。セザンヌを日本に紹介した立役者の一人となったのでした。

横浜美術館には、有島生馬のように、近代日本の洋画界で活躍した作家の力作を多数収蔵しています。里見勝蔵、佐伯祐三、藤田嗣治といった、横浜からパリへと留学した作家はもちろん、河野通勢、岸田劉生、木下孝則など日本で腕を磨いた洋画家が残した肖像画なども見事です。

2)横浜美術協会の「横展」「ハマ展」ゆかりの地元作家

横浜には、戦前から横浜美術協会という、横浜を中心として美術文化の普及向上のための公募展団体があり、戦前は「横展」、戦後には「ハマ展」と名前を変えて、定期的に美術・工芸の展覧会を開催してきました。この横浜美術協会が発足したのは1919年。なんと100年以上の歴史を重ねてきているのです。

100年以上の歴史の中で、錚々たるアーティストたちが 「横展」「ハマ展」で作品を発表してきましたが、横浜美術館ではこの横浜美術協会で活躍した作家の作品を多数収集。中にはあまり名前の知られていない、しかし確かな実力を秘めたアーティストたちの作品も多数含まれていて、マニア魂をくすぐられるかもしれません。

さて、そんな横浜美術協会の長い歴史の中で、特筆すべき事項は、1938年に全国の美術団体にさきがけて写真部が創設されたことです。

現在開催中のコレクション展でも、奥村泰宏や常盤とよ子、浜口タカシといった、横浜を拠点に活動した写真家らの作品を展示中。

終戦後まもない、社会の暗部なども含めた、ありのままの横浜の街の風景が活写された浜口の白黒写真は非常に見ごたえがあります。

さて、第二次世界大戦で一時開催が中断された「横展」ですが、戦後まもなく1946年に「ハマ展」と名前を一新して再スタートします。

1950年には、山中春雄と兵藤和男が「神奈川アンデパンダン展」を開催。横浜の美術界に新風を吹き込ます。特に1950年代半ばには「ハマ展」は黄金時代ともいうべき盛り上がりを見せました。

この最盛期に出品された地元作家たちの名作も、同館では余すことなく収蔵。コレクション展で披露されています。

3)版画コレクション

横浜美術館は、木版画、銅版画、リトグラフを問わず、国内外の優れた版画作品を多数収蔵していることでも有名です。

特に、同館では大正時代から昭和初期にかけて、主に輸出向けの美術作品として浮世絵の復興を期して生まれた木版画の新ジャンル「新版画」の作品群を多数収集。

この「新版画」を最初に立ち上げたのが、横浜ゆかりの人物でもある「渡邊版画店」の代表・渡邊庄三郎でした。彼は、新版画事業をスタートする前、横浜の浮世絵商に勤務していたのです。この時、歌川広重の古版木が店へと持ち込まれて、彼は浮世絵の復興を目指す「新版画」を考えついたといいます。

新版画の中でも、特に他では滅多に見られないのが石渡江逸が描いた上の3枚。川瀬巴水や吉田博といったビッグネームに比べると、一般にはあまり名前を知られていない新版画家ですが、師匠・川瀬巴水ゆずりの叙情性を湛えた風景美は絶品です。

また、新版画だけではなく、自刻自摺で制作される創作版画では、川上澄生の作品がお薦め。彼は、海外へ渡航して帰国後、中学校の教師を務めながら半分アマチュアのような形で、独学で木版画を手掛けました。

どの作品も、軍港や南蛮船など、横浜へのあこがれを形にしたようなモチーフが描かれています。プリミティブだけれども、叙情性たっぷりに描かれた作風がどことなく棟方志功に似ていると思ったら、逆でした。棟方が川上澄生から影響を受けているのです。実は棟方志功が版画家を目指すきっかけとなったのが、若き川上澄生の作品を見たことだったそうです。

もう一つ、今回のコレクション展での版画展示で見逃せないのが、震災の記録をとどめた作品群です。

1923年9月に起きた関東大震災では、東京だけでなく横浜も甚大な被害を受けました。この震災の日は、台風の影響で非常に風が強く、揺れた後の火災による二次被害は非常に厳しいものだったといいます。

東京同様、木造建築の多かった横浜は、横浜正金銀行(現・神奈川県立歴史博物館)や、横浜開港記念館といったレンガ造りの建物以外はほぼ市内の全域が焼けてしまったそうです。

この時の横浜に残された震災の爪痕を、様々な横浜ゆかりの作家が木版画等で手掛けており、同館のコレクション展では2019年の「Meet the Collection」展に続いての登場となりました。

4)ニューヨークへと渡った現代作家

戦後、アートの中心地が徐々にアメリカへと移っていくと、海外留学先にパリではなくニューヨークを選ぶ作家も徐々に出始めました。

横浜出身の作家としてニューヨークへ渡り、現地のアートシーンに名前を残すことに成功したのが、岡田謙三とイサム・ノグチです。(※イサム・ノグチはその後パリでも学んでいます)

この二人は、横浜美術館のコレクション展では頻繁に展示される主力作家。岡田謙三は平面、イサム・ノグチは立体と分野は異なりますが、共に日本人としてのアイデンティティを作品へと投影してオリジナリティを追求しました。

二人には、東京の南高輪に開設された森村学園出身という点でも意外な共通項がありました。イサム・ノグチは幼稚園部、岡田謙三は小学校部にそれぞれ入学しています。同校での生徒の創造性を伸ばす先進的な教育が、ひょっとしたら後のアーティストとしての彼らの才能の開花に寄与したのかもしれません。

5)日本の現代作家

横浜には、横浜美術館よりも前に、1964年に桜木町駅前の旧中区庁舎にオープンした「横浜市民ギャラリー」という文化施設があります。

現在でも、場所を移転し横浜市民のための開かれた発表の場として活用されていますが、こちらでは、開館当初から約40年にわたり、毎年「今日の作家展」というタイトルの現代美術家を紹介する展覧会が開催されました。

この「今日の作家展」で過去に紹介された作家の中には、現代アートの重要な作家が多数含まれており、横浜美術館でも作品を所蔵しています。どれも刺激と意外性に満ちた力作揃いなので、見て損はないと思います。

6)元祖「超絶技巧」宮川香山の高浮彫

最後に、ぜひ見ておきたいのが明治時代に地元・横浜で窯を開き、輸出用の美術工芸品を手掛けた初代・宮川香山の数々のうつわです。

花瓶の側面から花鳥や魚などが立体的に飛び出した迫力の「高浮彫」技法でつくられた海外向けの初期作品から、明治20年以降に釉薬や釉下彩の改良を重ねて国内向けの優美な晩年の作品まで、バラエティに富んだ作品で明治工芸の超絶技巧を楽しむことができます。

展示室間の通路などに骨休め的な感じでさり気なく展示されていることも多いので、ボーッとしていると気づかずに通り過ぎてしまいがちですが、こちらの宮川香山もコレクション展でよく見かけます。ぜひ、気づいたら足を留めてじっくり鑑賞してみて下さい。

グローバルからローカルまで、テーマ別に選りすぐった多様な作品群を楽しもう

上記で紹介した作品以外にも、今回は展示されていませんが、院展や日展で活躍した日本画の巨匠たち、ダリ、エルンスト、マグリットといったシュルレアリスムの巨匠、マン・レイ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、石内都など、国内外の著名な写真家の作品なども同館コレクションでの見どころです。
(※うち、20世紀西洋美術の主力作品は現在開催中の企画展「トライアローグ」で展示中)

ここまで見てきたように、「グローバル」と「ローカル」の二面性を同時に感じながら鑑賞を楽しめるのが、同館のコレクションの鑑賞での特徴といえるかもしれません。

残念ながら、現在開催中のコレクション展が2月28日に終幕すると、横浜美術館は長期休館に入ってしまいます。休館中の間は、HP上に公開されているコレクションのデータベースを楽しんだり、YouTube上にアップされた過去のコレクション展の解説や、所蔵作品を深堀りした動画で理解を深めることができそうです。

また、同時開催中の「トライアローグ」展には横浜美術館の西洋絵画コレクションが多数出品中。2月28日以降は、愛知県美術館、富山県美術館にも巡回しますので、巡回展まで足を伸ばして同館の珠玉の作品群を楽しむのも面白そうです。

「ヨコハマ・ポリフォニー:1910年代から60年代の横浜と美術」は、緊急事態宣言下での開催中ではありますが、もしチャンスがあれば、企画展とともに足を運んでみてはいかがでしょうか。コレクション展は、個人使用に限って写真撮影もOKです!

展覧会名:横浜美術館コレクション展
「ヨコハマ・ポリフォニー:1910年代から60年代の横浜と美術」
場所:横浜美術館(〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1)
会期:開催中〜2021年2月28日(日)
URL:https://yokohama.art.museum/exhibition/index/20201114-568.html