首都圏の鉄道各社は1月20日から終電の時刻を繰り上げました。JR各線で終電時刻が10〜30分程度早まっています。終電繰り上げはもともと3月のダイヤ改正で行われる予定でしたが、コロナ禍で夜間の外出自粛を強く呼びかける国や自治体の要請を受け、予定を早めた形です。JR東日本と大手私鉄全社がそろって終電繰り上げを行うという前代未聞のダイヤ改正ですが、人々の住まい探しに影響はあるのでしょうか。

終電繰り上げはコロナ過前から検討されていた?

今回の終電繰り上げ、JR東日本の「首都圏における終電繰り上げ等のお知らせ」によれば、理由は主に2つです。

一つ目は、保守点検作業の時間確保と線路保守作業員の労働環境改善。生産年齢人口の減少により、現在約7,000人いる線路保守作業員も2030年には10〜20%減少するとのこと。にも関わらず現在の工事量は、2010年比で10%増加しており、人材確保に向けた働き方改革が必要になっているといいます。例えば、近年、都市部は特に、ホームドアやバリアフリー設備の設置などが増えています。

そして、もう一つは深夜帯の利用者数の減少です。例えば、山手線の利用状況はコロナ前に比べ終日で32%、0時台で40%も減少したといいます。

ただ、JR西日本はコロナ禍がまだなかった2019年10月の社長記者会見で、近い将来に深夜帯ダイヤを見直すと言及していました。線路保守作業員不足と深夜帯利用者の減少はずいぶん前から顕在化していました。そもそも、社会全体の高齢化により、企業で働く人たちの数が減少し、夜遅くまで働いたり、職場の同僚とお酒を飲む機会が減る傾向が始まったのは、最近の話ではありません。終電繰り上げは将来的に関東でも検討されていた可能性があり、時計の針をコロナ禍が進めただけかもしれません。

不動産の3極化がますます加速する

鉄道各社が終電繰り上げを2020年に「発表」してから2〜3ヶ月経ちますすが、人々の住まい探しに変化は出ているのでしょうか。

不動産コンサルティング会社さくら事務所の長嶋修会長は「不動産の3極化が進むのでは」と言います。

「ニューヨークなどでは感染を防ぐ、暴動回避といった観点から、中心部から郊外へと移動する流れが起きましたが、日本では郊外・地方移住といった動きは限定的です」(長嶋さん)

地方の不動産業者によれば、1回目の緊急事態宣言が発出されたとき、物件資料請求などが増加したものの、宣言が解除されるとすっかりもとに戻ったという話もあります。

長嶋会長はこう続けます。

「完全にテレワークできる業種は4割を切っており、テレワークできても多くの人は週に1〜2回は通勤せざるを得ません。まったく通勤しなくて済む人はほとんどいません。それに、住まいの利便性というのは通勤に限らず、買い物や子育て・学校・病院といった日常生活全般にわたることであり、『都心・駅前・駅近』を求める傾向は今までどおりで変わりません。」(長嶋さん)

「結局、コロナ禍や終電繰り上げは、(1)価値を維持あるいは上昇する不動産、(2)なだらかに下落し続ける不動産、(3)限りなく無価値またはマイナス価値になる不動産――といった3極化の傾向をさらに加速させるでしょう」(長嶋さん)

人材情報会社の学情が昨年7月に発表した「住宅や働く環境に関するアンケート」調査によれば、20代のテレワーク経験者は、住みたい環境について「都心」と回答した人が6割を超え、「郊外」と回答した人(24.9%)を、35.3ポイント上回りました。

理由のトップは「自由に使える時間を確保したい」で、希望の通勤時間の平均は29分。「15分〜30分」「30分〜45分」の回答が多いという意外な結果が出ています。

とはいえ、長嶋会長によれば、目先の話では、2,000万円後半から3,000万円前半くらいの価格帯で、郊外の新築一戸建てがよく売れているといいます。月々の支払いが家賃並みで購入でき、間取りが広がるからです。

学情の調査結果でもわかるように、都心であれば、放っておいても若年層は集まります。では、都心以外はどうなるのでしょうか。

「ベッドタウン」から「ポストベッドタウン」へ

国土交通省出身で都市計画が専門の獨協大学経済学部長の倉橋透教授は、終電繰り上げは「ベッドタウン」から「ポストベッドタウン」への流れだと言います。

「都心へのアクセスが少しだけ不便になるということ。終電が30分繰り上がるだけで人々の居住様式が大いに変わるということでもないでしょう。急行停止駅に人気が集まったように、都心への通勤の利便性だけで不動産の価値が決まっていた時代ではありません。そこに暮らすことの快適さや便利さ、評価の軸がだんだんと移るかもしれない。」(倉橋さん)

「朝早く家を出て、終電ぎりぎりまで仕事して、帰宅して寝るというライフスタイルはサステイナブルではありません。生産性も低いのではないでしょうか。そういうライフスタイル自体が変わるでしょう」(倉橋さん)

倉橋教授が提唱する「ポストベッドタウン」は、どのような街なのでしょうか。

「生産年齢人口が居住し、サテライトオフィスの利用などで東京まで通勤せずに就業できる地域です。」(倉橋さん)

「これからは通勤時間も含めた生産性が大切です。会社の人との飲みニケーションではなく、住んでいる地元の人と飲む。これまでだって、終電近くまで残業していたわけではなく、飲みに行く人も多かった。会社中心の文化が変わるわけです」

倉橋教授が事例として挙げるのが、小田急多摩線・黒川駅(川崎市麻生区)前に2019年5月完成した、木造平家の連棟型コワーキングスペース「ネスティングパーク黒川」です。

ネスティングパーク黒川の様子(2019年当時のプレスリリースより)

ここは焚き火ができるシェアオフィスで、周辺にはカフェや芝生広場が広がり、自然が溢れています。「働く、遊ぶ、暮らすのあいだ。」がコンセプトで、2020年度グッドデザイン賞を受賞しました。

参考:小田急電鉄株式会社「郊外での新たなライフスタイルを提案する複合施設『ネスティングパーク黒川』(2019年当時のプレスリリースより)

高度成長期のベッドタウンの沿線開発では、駅ビルを作り、飲食店を誘致するというのが鉄板でした。しかし、高齢化する画一的な郊外ニュータウンにはしたくないという鉄道会社の危機意識が感じられます。手を打たなければ少子化で沿線人口は減っていくからです。

「これからは単に都心に通うサラリーマンの住宅を作るのではなく、『生活を作るような街づくり』をしなければなりません。終電は一つの象徴です」(倉橋教授)

 

わずか30分でも終電が繰り上がるのは、沿線開発のデベロッパーにとって、都心から遠い住宅地の販売がしづらくなる要素になります。急行停車駅というセールスポイント以外にも新しい付加価値の創造が求められているわけです。

取材協力
株式会社さくら事務所