分譲マンションが登場した当初はほとんど5階建て以下でしたが、現在では20階建て以上の超高層マンションも増えています。今後どうなるのでしょうか、超高層マンション人気は続くのでしょうか。

1969年以前のマンションはほとんど5階建て以下

わが国の民間分譲マンションの第1号は、東京・新宿区の「四谷コーポラス」(1956年完成)といわれていますが、建物は鉄筋コンクリート造の地上5階建てで、総戸数は28戸でした。老朽化などのために建て替えが決議され、2017年に解体工事が始まり、2019年7月に鉄筋コンクリート造地上6階・地下1階建て、総戸数51戸の「アトラス四谷本塩町」に生まれ変わっています。

この「四谷コーポラス」に代表されるように、1950年代から1970年代までのマンションは、図表1にあるように4、5階建てが中心でした。特に1969年以前は4、5階建てがほとんどで、70年代以降に6階建て以上が増えています。

出典:国土交通省「平成30年度マンション総合調査」

解体前の四谷コーポラス(筆者撮影)

1都心から郊外への流れが始まったのは1960年代

1960年代のマンションの立地を見ると、先の「四谷コーポラス」が都心立地であるのをはじめ、これに先立って東京都が建設した「宮益坂ビルディング(アパート)」も、渋谷駅の駅前という超都心立地でした。

1960年代前年まではほとんどのマンションが山手線の内側の立地で、外側では一部JR中央線沿線、東急東横線・田園都市線沿線などに見られる程度で、都心立地の中小規模のマンションが大半だったのです。価格は高く、誰でも買えるわけではなく、一部の富裕層向けの住まいだったのでした。

1960年代後半には、オリンピック景気などで都心の地価が高くなったことによって、マンション用地の確保が難しくなり、郊外型のマンションがジワジワと増加してきます。特に、日本住宅公団(現在のUR都市機構=独立行政法人都市再生機構)や自治体の住宅供給公社などが郊外に大規模な団地の供給を開始したことで、マンションがより身近な存在になりました。

大規模団地の建て替えで新たな分譲マンションに

1970年代に入ると、民間の大規模開発が増えます。たとえば、三井不動産が中心となった1977年完成の「サンシティ」(東京・板橋区)、三井不動産、三菱地所、住友不動産の大手3社が共同開発した1975年完成の「千葉ガーデンタウン」(千葉市)などが挙げられます。郊外でも比較的都心に近い近郊部といってもいいエリアで、10階建て以上を含め、中高層マンションが多くなりました。

一方で完全な郊外型の公的大規模団地も増えていきます。
神奈川県住宅供給公社による、全66棟、総戸数5,198戸で、1977年から供給が始まった「横浜若葉台団地」(横浜市旭区)、横浜市住宅供給公社の全43棟、総戸数2,831戸で、1974年から供給が始まった「野庭団地」(横浜市港南区)などがその代表格です。

若葉台団地(横浜市旭区)

郊外型団地の多くは、5階建てで、エレベーターを備えておらず、室内に段差も多く、居住者の高齢化が進んだ現在では、大変住みにくくなっています。物件によっては空室も増加し、維持管理が難しくなっているケースも見られます。そのため、各地で大規模なリノベーション工事や建て替え工事が始まっています。

建て替えによって床面積が広くなって、一般向けに分譲される物件も多いので、郊外型のマンション取得を考えている人にとっては、各地の団地の建て替え動向に注目しておくのも一つの手かもしれません。

1980年代のバブル期にマンションの高層化が進行

1980年代から1990年代にかけてのバブル経済期には地価が暴騰、マンションの価格も急騰しました。

1970年代には1戸の価格が1億円以上の高額物件が話題になりましたが、この時期にはさらに1桁上の10億円以上の物件も登場しました。いまだに史上最高価格といわれる1991年完成の「有栖川ヒルズ」(東京・港区)の最高価格は21億円超で、都心ながら地上6階建て、総戸数14戸の小規模マンションです。

こうした富裕層向けの物件の一方、マンションの高層化が進みます。高騰した地価の影響に対応、マンション価格を少しでも抑えるためには、高層化するしかありません。図表1でも分かるように、1990年代後半からは11〜20階建てのマンションのシェアが高まっています。

立地も都心の富裕層向け物件とは一線を画する郊外型のマンションが増加したのです。

1990年代後半から超高層マンションが本格的に増加

高層化の究極の形が20階以上の超高層マンションと言っていいでしょう。

超高層マンションの第1号は、住友不動産による1976年完成の「与野ハウス」(旧埼玉県与野市、現在の埼玉県さいたま市)といわれています。

その後、1980年代までは超高層マンションは年間1棟か2棟程度で推移していましたが、1990年代に入って急増します。
一方、都心周辺では、高い地価の影響をできるだけ少なくするため、超高層化がいっそう進行したのです。

センチュリーパークタワー(東京・中央区)

代表格が1999年完成の「センチュリーパークタワー」(東京・中央区)。住宅・都市整備公団(当時。現UR都市機構=前出)、東京都などが開発した大規模再開発の「大川端リバーシティ21」に立地する超高層マンションで、三井不動産が手掛けました。

隅田川沿いに超高層マンションが林立する様は、アメリカ・ニューヨークを流れるハドソン川沿いの景色をほうふつさせ、トレンディードラマやサスペンスドラマのロケ地として有名になりました。

東京の湾岸部に超高層のメガマンションが続々と

ワールドシティタワーズ アクアタワー(東京・港区)

2000年代に入ると、湾岸部での超高層マンションが急増し、民間調査機関の株式会社不動産経済研究所の調査によると、2007年に完成した分譲マンションだけで年間59棟、2万戸に迫るほどに達しました。そのうち住友不動産が開発して分譲した「ワールドシティタワーズ」(東京・港区)は、総戸数2,000戸を超えるメガマンションで、2004年から10年近くをかけて売り切って話題になりました。全体完成は2007年です。

超高層マンションは、19階建て以下の一般のマンションに比べて資産価値が高いとされています。少しデータは古くなるのですが、図表2にあるように、5〜9階建てのマンションのリセールバリュー(取得した財産を再び売却したときの価値)は95.7%です。中古マンションとしての取引価格が、10年前に分譲された価格の95.7%ということで、5%近く値下がりしていることになります。4階建て以下は88.9%ですから、1割以上下がっているわけです。

これに対して、20〜29階建ては126.7%、30階以上は144.5%と、大きく値上がりしています。最高階数が高いほど資産価値が高く、それが超高層マンションの人気を支える一つの要因になっていると言っていいでしょう。

出典:株式会社東京カンテイ「マンションのリセールバリュー調査(2017年)」

2023年には超高層マンションが年間2万戸を超える見通し

超高層マンションは、先に触れたように2007年には年間2万戸に迫るほどに増えましたが、その後は一進一退を続けて、その後、2010年代の半ばには1万戸前後まで減少しました。

※2021年以降は予定 出典:株式会社不動産経済研究所「超高層マンション動向2021」

これは、2011年の東日本大震災の影響で湾岸部の液状化が問題になるなど超高層マンションへの不安感が高まったため不動産会社が一時的に用地取得や分譲を抑えたためです。その後はジワジワと超高層マンション建設が回復し、2019年には1万5,000戸を超え、2023年の完成物件は初めて年間2万戸を超える計画見通しです。

超高層マンションの立地は規制緩和による都心やその周辺の駅前再開発などによるものが多く、その立地の利便性に加えて、超高層ならではの資産価値の高さから、人気は衰えていません。最近では、都心やその周辺だけではなく、郊外のターミナル駅の駅前再開発などでも増加しており、三大都市圏のほか地方都市などにも広がっており、安定的な供給が続くことになりそうです。

ザ・パークハウス 西新宿タワー60

ちなみに、2021年8月現在、分譲マンションの最高階数は三菱地所による「ザ・パークハウス 西新宿タワー60」(東京・新宿区)の60階。高さで言えば、長谷工コーポレーションなどによる「The Kitahama(ザ・キタハマ)」(大阪市中央区)の209.4メートルだそうです。

超高層なら低層階でも資産価値を維持しやすい

超高層マンションの資産価値が高いのは上層階だけではありません。低層階でも周辺の中高層マンションより中古マンションとしての取引価格が高くなるのが普通です。

低層階は、上層階に比べて眺望は期待できませんが、大型物件の上層階には居住者なら誰でも利用できるラウンジなどが設けられています。

低層階は上層階に比べて坪単価がかなり安く設定されていますから、資産価値面からすればお買い得かもしれません。

2010年代前半までは、超高層マンションというだけで人気を集めましたが、最近では超高層までも売れ残り物件が見られるようになってきました。それだけに、超高層マンションだからと飛び付くのではなく、周りの物件も含めてほんとうに自分たちに合うマンションかどうかを見極める視点が大切になってきます。