〈解説〉「被爆者のいる時代の終わりと、被爆者のいない時代の始まりが近づいている」。長崎市の田上富久市長がここ数年、よく口にする言葉だ。原爆が長崎で最後に人類に使用されてから72年が過ぎ、原爆の惨状を身をもって知る人は年々減っている。被爆者の平均年齢は81歳を超えた。

 被爆者はつらい記憶を絞り出すようにして惨状を語り継ぎ、世界に出て核兵器廃絶を訴え続けてきた。ようやく実ったその成果が、核兵器を法的に禁じる核兵器禁止条約だ。条約は前文で核兵器使用の犠牲者を「ヒバクシャ」と記し、その「苦痛と被害を心に留める」と言及した。核兵器廃絶をめざす運動で被爆者が果たした役割を再認識させるものだ。

 安倍晋三首相は禁止条約について、「我が国のアプローチと異なり、署名・批准を行う考えはない」と明言した。日本政府は「唯一の被爆国として核保有国と非保有国の橋渡し役を果たす」と繰り返しながら、国連で122カ国の賛成で採択された条約に見向きもしない。

 確かに、核保有国が反対する条約に、直ちに実効性があるわけではない。田上市長は平和宣言でも「条約成立はゴールではない」と呼びかけた。原爆で傷つけられた被爆者の訴えがつくった条約を、核兵器のない未来を実現するためにどう生かしていくか。被爆者と広島・長崎だけの問題ではない。「被爆者のいない時代」を迎えつつある、この時代に生きる私たち全てに課された問いだ。(山野健太郎)