(1998年準々決勝 横浜9―7PL学園 その2)

 二回にエースの松坂大輔が3点を先行された横浜だが、四回表に5番・小山良男が2点本塁打を放って反撃開始を告げた。

 一塁ベースを回ったところで、小山は右腕を大きく振り下ろした。捕手である自分の動きで球種を見破られ、3点先行されたと責任を感じていた主将、意地の2ランだ。

 2―3。リードが1点だけになったPL学園の選手たちは、不思議な感覚に陥っていた。河野有道監督も主将の平石洋介も「横浜相手にこのまま勝てるわけはない」と考えていた。一塁ベンチで待機していたエースの上重聡などは横浜に対し、「お前ら、こんなもんやないやろ。来いよ、来いよ」という気持ちだったという。

 だから、小山の本塁打で2点を返されると、「来た、来たー!」と思った。「そうこなくっちゃ。それでこそ、横浜や」

 だから、PLも慌てなかった。すぐにその裏、1点をとって突き放す。横浜も五回表に2点を返し、4―4に追いつくと、その後は一進一退の攻防を繰り返した。

 七回裏、PL1点勝ち越し。八回表、横浜同点。

 さらに延長十一回と十六回に両チームとも1点ずつ……。

■「今日勝たんと、意味がない」

 正午が近づいていた。大会本部は十八回引き分けになったら、再試合は翌日の午後1時開始と決めた。「完投している松坂は、再試合ではたぶん登板しない。今日勝たんと、意味がない」とPL学園の上重は考え、河野監督は「再試合なら勝てる」とふと思った。

 微妙な心の動きを見透かすかのように、決着の時が突然訪れる。

 延長十七回表、横浜はたった2球で2アウト。このまま決着はつかないような雰囲気になりつつあった。十七回突入は第61回大会(1979年)3回戦の箕島(和歌山)―星稜(石川)以来。このときは引き分け寸前の十八回に箕島がサヨナラ勝ちしている。

 6番柴武志も2球目を簡単に打って遊ゴロ。PLの本橋伸一郎がさばいて一塁へ。その送球が高くそれてしまう。

 十二回以来となる三者凡退にはならなかったが、マウンドの上重は「そんな簡単にはいかんか」と思う程度で、とくに気にしなかった。いつも通りの速いテンポで、捕手とのサイン交換に入る。

 一塁側ベンチで河野監督が「初球に気をつけろ」と叫んでいた。主将の平石は右翼の守備位置から「タイムだ! タイムをとれ」と内野手に呼びかけていた。

 そうした声は大甲子園の歓声とざわめきにかき消された。横浜の7番常盤(ときわ)良太が左打席に入り、上重の初球が右腕から投じられる。

 松坂に言わせれば、「常盤という打者を知らなすぎだね」となる不用意な直球だった。

 常盤は天性の長距離打者だ。「インパクトのとき、バットがボールの下に入った」。打球は逆風をものともせず、右中間スタンドへ伸びた。PL学園の上重はマウンド上で崩れ、中堅手の大西宏明、右翼手の平石はすぐに打球を追うのをあきらめた。

 勝ち越しの2点本塁打――。「不思議な感覚。超逆風であそこまで飛んだのは、自分の力じゃない。仲間や応援してくれた人、いろんな力が働いたんだと思う」

 常盤は自分が放った打球を目で追った後、記憶が途切れている。

 三塁コーチの鳥海健次郎はベースを回る常盤の姿を凝視できなかった。「涙がドバッと出ちゃいそうで……。あいつ、格好良すぎでした」

 三塁ベンチ前でキャッチボールしていた松坂は、袖口でスッと目元を拭った。本人は人前での涙を否定するが、のちに常盤に「泣いたよー」と打ち明けている。

 横浜サイドが歓喜に沸く中、PLの選手は急激に体が冷めていくような感覚に陥っていた。

 痛恨の悪送球をした本橋は、直後に飛び出した常盤の決勝2ランについて「ボールが上重の右手を離れる瞬間から、まるでスローモーションのように物事が動いていった」と振り返る。

 十一回、十六回と1点差を追いついたPLだが、さすがに2点差は重かった。「10点ぐらいの重みがあった」と1番の田中一徳。チェンジになって攻撃前に組んだ円陣で「まだいける」とゲキを飛ばした主将の平石も、同じ思いだった。

 「みんな、ごめんな」。本橋が何度も何度もつぶやく。「泣くな! まだ試合は終わってへん」。河野監督が叱った。

■「勝って泣く顔。負けて笑う顔」

 横浜のエース松坂は常盤に「ありがとう」と声をかけ、最後のマウンドへ。延長に入ってから3安打しか許していない。「ストレートがどんどん本物になっていった」とPL学園の6番三垣勝巳。十一回に2安打、十六回に1安打で同点としたのは奇跡に近かった。

 2点差をつけられたPLに、反撃する力はもう残っていなかった。簡単に2死をとられ、最後は八回途中からマスクをかぶって奮闘した2年生の田中雅彦が三振に倒れた。

 「やっと終わった」。マウンドの松坂が、大きく息を吐く。

 午後0時7分、3時間37分の熱闘の終わりを告げるサイレンが、甲子園に鳴り響いた。

 両校の選手が互いの健闘をたたえ合う。横浜の主将・小山が泣いている。敗れたPLのエース上重は笑顔だ。「勝って泣く顔があります。負けて笑う顔があります」。NHKのテレビ中継で、石川洋アナウンサーが言った。このフレーズは、のちに上重がアナウンサーを志望するきっかけにもなった。

=敬称略(編集委員・安藤嘉浩)