卓球の日本女子代表を率いてロンドン、リオデジャネイロ両五輪でメダル獲得に導き、昨年9月に監督を退任した村上恭和さん(59)が子どもたちへの普及活動や、育成を始めた。第二の人生では、どんな思いで卓球界に関わっているのか。

 「これまで『打倒・中国』を目指してきた。今度はサポートをする側として、その目標達成まで頑張りたい」と話す。

 5月末から開催された、監督退任後初めての世界選手権は自宅のテレビで見た。日本勢が混合ダブルスの金を含む計5個のメダルを獲得。女子シングルスでは、将来を見越して、リオ五輪に補欠として帯同した17歳の平野美宇(エリートアカデミー)が日本勢の同種目で48年ぶりとなる銅メダルを獲得した。準決勝でリオの金メダリストの丁寧(中)と攻撃的に戦い、1ゲームを奪った。

 代表監督時代、小学生からの一貫強化に力を入れてきた。ラリー戦に持ち込むとミスが少ない中国に勝ちにくいことから、果敢に攻撃することを教えた。「平野らの世代は皆、決定打を持っている。やっとそれが中国の選手にも通用するようになってきた」と実感している。

 長年日本代表選手の指導をしてきて気付いたことがあった。「ほとんどのトップ選手は卓球経験のある親に指導され幼少期に卓球を始めた」ということだ。だが親が経験者でもなければ、日本では幼少期に本格的に取り組む環境が整っていない。村上さんも両親が卓球経験者ではなく、始めたのは12歳からだった。

 一方、「卓球王国」中国では、幼稚園児が当たり前のように練習に打ち込んでいる。約30年前、中国のクラブチームの視察に行くと、近所の幼稚園児がコーチに手取り足取り教えてもらっていた。卓球を幼少期に始めると、動体視力が鍛えられるという。「12歳までに動体視力の成長は止まると言われている。若いうちに速いボールや回転に慣れる必要があるんです」

 中国の成功例を参考にしない手はない――。「気軽に卓球に触れる機会を子どもたちに作ってあげたい」と全国の幼稚園や保育園に、自ら2年かけてプロデュースした幼児用卓球台を寄付しようと、今年3月に社団法人を設立した。卓球台は公認台より30%小さく、10センチ低く、角を丸くした。活動を支援してくれる企業から資金を集め、3年で1千台を寄付するのが目標だ。

 これをきっかけに卓球に興味を持った子どもには、地域のクラブを紹介するなど支援態勢も整えるつもりだ。「中国に勝つために競技人口の母数を増やすことが大切だ」と考えている。

 卓球の普及だけでなく、選手の育成にも取り組む。総監督を務める日本生命の練習場(大阪府貝塚市)を拠点に、全国トップクラスの実力を持つ小学生から高校生を集めたクラブ「ジュニアアシスト卓球アカデミー」を開設した。

 手書きの予定帳は、毎日複数の予定でびっしり。社団法人のスポンサー集めや、卓球台の手配も自らが行う。「忙しいけれどやりがいがある。まだまだあと10年は続けたいね」と笑った。(橋本佳奈)

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 〈むらかみ・やすかず〉 1957年12月生まれ。広島県尾道市出身。近大から和歌山相互銀行(現・紀陽銀行)でプレーし、83年の世界選手権に出場。30歳で現役引退し、90年に日本生命監督に就任。96年に日本女子代表コーチとなり、2008年10月から代表監督に。16年のリオデジャネイロ五輪後に退任した。