(9日、高校野球 盛岡大付4―1作新学院)

 作新学院の2番を打つ主将・添田は次打者席にいた。「(1番の)相原が打って、自分も走者をかえして逆転する気だった」

 3点を追う九回、2死から3連続四死球で満塁の好機をつくった。勝っていた盛岡大付の平松の方が力んでいた。だが、相原の打球は右翼に上がる。右翼手のグラブに収まるのを見た添田は残念がるそぶりも見せずに、潔く足元にそっとバットを置いた。

 昨夏は3番の鈴木とともにベンチ入りメンバーとして戦い、54年ぶりの優勝の歓喜の輪に加わった。添田はその後のチームを引っ張る役目を担った。

 作新学院の練習は厳しい。試合後の添田は泣いていない。だが、少し赤い目をして、思い出しながら笑った。「特にノックは監督と1対1の勝負の『戦場』でした。おかしいと言われるかもしれませんが、ミスをすれば死ぬぐらいの緊張感があった」。身長170センチ、67キロ。決して大きくない体をめいっぱいに動かし、戦う姿勢を仲間に見せてきた。

 昨夏は大会タイ記録の3試合連続本塁打を放った入江ら能力の高い選手がいたが、今年はそれに負けない全員で束になって攻撃をしかける戦う集団ができあがった。「栃木大会7連覇の方が重かった。甲子園では楽しんでやりたい」と挑んだ1回戦だった。

 しかし、盛岡大付の平松の球威は予想以上だった。放った安打は2本だけ。得意とするヒットエンドランなど、機動力を絡めた攻撃が決めきれなかった。27アウトのうち、9三振のほか飛球は12個と強いゴロを打てなかった。「派手さはないが、常に前を向く良いチームでした。勝てなかったのは私の責任です」と小針監督は選手をねぎらった。

 添田は「力不足です」ときっぱり言った。そして、後輩に託した。「グラウンドからの帰り際、スタンドから『また帰ってこいよ』と言われた。後輩にも甲子園を経験してほしい」とほほえんだ。前年優勝校の主将として、最後まで堂々とした姿勢を貫いた。(坂名信行)

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 ●大関(作) 「笑顔でやろうと決めていた。昨夏はボールボーイもスタンドも経験した。応援してくれる人の思いも込めて投げた」。涙はなし。

 ●加藤(作) 五回に大関の暴投を止められず、勝ち越し点を許す。「前で止めるという捕手の仕事ができなかった。大関を日本一の投手にしたかった」