【2021年4月9日 すばる望遠鏡】

彗星は、本体である核に含まれる氷が太陽に温められて昇華することでガスと塵を放出し、核の周囲に広がるコマや伸びる尾を形成する。コマや尾は彗星の顕著な特徴だが、その性質を本質的に理解するには核を調べる必要がある。しかし、核はガスと塵のベールに包まれてしまうため、離れたところからとらえるのは難しく、これまで表面組成が調査された例は、探査機が直接訪れたわずかな機会しか存在しない。

国立天文台の大坪貴文さんたちの研究チームは、2016年3月に地球へ接近したパンスターズ彗星(P/2016 BA_14、P/PANSTARRS)をすばる望遠鏡の中間赤外線観測装置「COMICS」で撮影し、地上からの観測としては初めて、彗星核の表層成分を調べることに成功した。

P/2016 BA_14が核の観測に向いていた理由は2つある。まず、2016年3月22日の地球最接近時の距離が約360万km(月までの距離の約9倍)と、観測史上でもまれなほどの近さだった。そして彗星としての活動度が低く、あまり塵を放出していなかったおかげで、赤外線の眼で核を見通すことができたのだ。

この天体が2016年1月に見つかったときは彗星活動(ガスや塵の放出)が見られず、小惑星の仮符号である「2016 BA_14」が与えられた。その後、木星より内側の軌道を5.3年で巡る短周期彗星だとわかり、周期彗星を示す「P/」という符号がついたという経緯がある。その名前が示すように、P/2016 BA_14は彗星と小惑星の境界線付近にあるような天体である。

パンスターズ彗星の軌道
パンスターズ彗星(P/2016 BA_14)の軌道の模式図(提供:京都産業大学)

小惑星は太陽の近くで作られた岩石質の天体である一方、彗星は太陽から遠く離れた領域で作られた、多量の氷を有する天体とされ、長らく両者は大きく異なる天体と考えられてきた。しかし、近年の観測技術の向上により、P/2016 BA_14のように、一見小惑星と同じ軌道にありながら彗星活動を見せる「活動的小惑星」が見つかるようになり、両者の違いを詳しく調べる必要が高まっている。そんな天体の調査に成功したことには、ただの初観測にとどまらない意義があると言えそうだ。

観測データの分析から、彗星核の直径は約800mと推測され、表面温度が摂氏約80度と判明した。また、彗星核の表面に粘土の仲間である含水ケイ酸塩鉱物、および複雑な有機物が存在することも示されている。含水鉱物はその名のとおり結晶中に水を取り込んだ鉱物だが、液体の水が鉱物と反応しなければ生成されない。小惑星では含水ケイ酸塩鉱物の特徴が検出された例はあるものの、彗星では凍った水が液体を経ずに蒸気へと昇華してしまうため、含水鉱物が明確に確認されたことはなかった。

パンスターズ彗星の彗星核と東京ディズニーランドの大きさの比較
パンスターズ彗星の核と東京ディズニーランドの敷地の大きさ比較(提供:Google Earth/京都産業大学)

研究チームは実験室で様々な鉱物の赤外線スペクトルを分析し、P/2016 BA_14のデータと比較した。その結果、P/2016 BA_14の含水ケイ酸塩鉱物は過去に摂氏約300度まで加熱された可能性が示されている。含水ケイ酸塩鉱物とともに検出された複雑な有機物も高温環境で形成されるものだ。現在の軌道では彗星核がこれほどの高温にはなりえないため、P/2016 BA_14はかつてもう少し太陽に近づく軌道を通っていたのかもしれない。

「今後観測が進むことで、彗星の進化に加えて小惑星との違いと共通点をより詳しく知ることができると考えています」(大坪さん)。