2020年F1第3戦ハンガリーGPのレコノサンスラップ中にクラッシュし、事故を起こしたマックス・フェルスタッペンも一時はレースをスタートすることをあきらめるという窮地に陥ったレッドブル・ホンダ。しかし、エンジニアの冷静な判断とメカニックたちの懸命な作業でフェルスタッペンのマシンは奇跡的にフォーメーションラップのスタートまでに修復作業を完了。フェルスタッペンは予定通り7番グリッドからレースをスタートさせ、2位表彰台を獲得した。

 F1には今回のレッドブル・ホンダのように、スタート前の窮地から脱出してレースに臨み、好成績を収めたことが何度かあった。近年のF1で起きた「スタート前の窮地からの逆転劇」を見ていこう。

▼2001年 第3戦ブラジルGP ルーベンス・バリチェロ(フェラーリ)
 ピットレーン出口が開放されて5分後の午後1時35分に、レコノサンスラップの途中で燃料ポンプのトラブルによりコース脇にストップしたルーベンス・バリチェロ。無線でその知らせを聞いたフェラーリのスタッフは、急きょTカーの準備に取りかかった。当時のF1はバックアップカーとして3台目マシンをガレージに保管することが許されていた。

 ただし、ほとんどの場合、ナンバーワンドライバーに使用する優先権があり、当時のフェラーリのTカーのペダルやシート、マシンのセッティングはミハエル・シューマッハー用に準備されていた。フェラーリはミハエルのレースカーに問題がないことを確認すると、おおわらわでTカーをバリチェロ用への変更を開始する。

 当時のF1は午後2時にフォーメーションラップがスタートしていたため、ピットレーン出口はその15分前の午後1時45分に閉鎖される。それまでにピットレーンを出ていなければ、自動的にピットレーンスタートが義務付けられる。

 しかも、バリチェロのマシンがストップしたのはピットから最も遠い4コーナー立ち上がり。ヘルメットをかぶったままピットを目指して走り続けるバリチェロと、Tカーをバリチェロ仕様に変更するメカニックに残された時間は、10分もなかった。

 バリチェロがガレージに汗だくで帰還し、Tカーに乗り込んでガレージを後にして、ピットレーン出口を通過したのは午後1時44分44秒。ピットレーン出口閉鎖まで、残り16秒という奇跡だった。

 必死の思いでTカーでレースをスタートさせたバリチェロだったが、残念ながらラルフ・シューマッハーと接触してリタイアに終わった。しかし、懸命に走ってレースに参加したバリチェロに、地元パウリスタたちは、惜しみない拍手を贈った。

▼2011年 第3戦中国GP ルイス・ハミルトン(マクラーレン)
 ダミーグリッドへ向かおうとしていたハミルトンのマシンにトラブルが発生したのは、スタート30分前のことだった。エンジンを始動したとき減圧バルブが作動して燃料が漏れ出てしまい、周辺機器を汚してしまった。

 急きょ、メカニックはカウルを外し、各部品をバラして周辺機器を洗浄するが、ピットレーン出口閉鎖時間までにすべての作業が終わりそうもない。そこでレースエンジニアは作業途中で、ハミルトンをコースに送り出す決断を下す。エンジンカウルが外れたままのハミルトンのマシンがガレージを後にしたのは、閉鎖時間まで残り45秒。ピットレーン出口を通過したのは、残り30秒だった。

 グリッドに戻ってきたものの、ハミルトンのマシンはセンサーやテレメトリー類のケーブルも一部未接続状態のままでレースに出られる完璧な状態とはなっておらず、グリッドに着き、ハミルトンがコクピットに収まってからも、メカニックたちによる懸命な準備作業は続いた。

 なんとかフォーメーションラップのスタートまでに作業を終え、3番手からスタートしたハミルトンは絶妙なピットストップ作戦も功を奏して逆転優勝。

「どんな状況でも、われわれは勝利を目指す集団だという強い意志がある」と、当時チーフレースエンジニアを務めていたフィル・プルウは名門マクラーレンのメカニックたちの仕事ぶりを称賛した。