フェルスタッペンとハミルトンの息詰まるチャンピオン争いに、期待の角田裕毅のF1デビューシーズンと話題の多い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で解説します。今回の第15戦ロシアGPは予選、そして決勝とセッション中に天候が変化するなか、若きドライバーたちがさまざまな活躍を魅せました。時代の移り変わりを感じさせるメモリアルな一戦を振り返ります。

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 ソチ・オートドロームで開催された2021年F1第15戦ロシアGPですが、まずは予選のコンディションは雨上がりから路面が乾いていく難しい状況でした。予選だけでなく、決勝もコンディションの変化にドライバー、チームがどう対応するかが問われ、今回のロシアGPは本当にそれぞれの思惑や判断の仕方がテーマになったと思います。

 フリー走行3回目がキャンセルされたり、今回は予選までにもいろいろ出来事は多かったですが、予選Q3ではルイス・ハミルトン(メルセデス)がピットレーン入口でクラッシュするという、まさかのアクシデントが起こりました。ハミルトンはフリー走行2回目でもロリポップマンを轢いてしまうということがありましたが、これはちょっと魔が差したとしか思えません。

 ハミルトンのQ3のクラッシュは、乾いてきている路面でインターミディエイトでアタックを続けていたのでブロックがすり減ってしまい、もう溝はほとんどなかったと思います。それでピットに入ったら結構路面が濡れていたので、若干慎重さに欠いたとも言えますが、単なるミスですね。これだけたくさんレースに出てF1で100勝している人でも、1回や2回はミスします。チームの人間でも『仕方ないな』と考えるのかなと思います。

 そしてQ3の最後には、ドライタイヤに替えた若いドライバーたちが活躍を見せました。画面を見ている限りは、本当に一番早く動くことを決断したのはジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)ですよね。あの決断が本当に今回の予選のトピックスと言っていいのかなと思います。

 まだ路面が半乾きで、本当に難しいあの状況のなかでは、『少しでもインターミディエイトで走り続けたい』というのがドライバーの心理です。できるだけミスを犯したくないし、できればインターミディエイトのままで全員が行ってくれればいいような路面状況だったと思いますが、ある意味、失うものがないドライバーから先にピットに入っていった印象がありました。

 ドライタイヤへの交換に賭けて『ポールポジションか10番手なのか』となったとき、ポールを取りに行くには何をしたらいいかを冷静に考え、本当に1パーセントでも可能性が高いのだったらそっちに賭けようと。それでも、まだかなり路面は濡れていたので外から見ている分には僕は『これは結構、難しいかな』と思いました。もちろん、走行中のドライバーしかわからない部分もあるので、映像からだけでは正解はわかりません。ただ同時に、入るのだったらあのタイミングしかないとも思いました。

 路面が乾きつつありながらも、まだ濡れている状況でのドライタイヤでのアウトラップは、タイヤウォーマーが使えるF1でも本当に難しいです。ピットロードを走っている段階ですぐにタイヤが冷えてしまい、路面状況を見ながらブレーキングポイントを確認してタイヤの温度も上げながらの状況で、アタックまでには2〜3周かかってしまいます。タイヤが温まっても、ストレートではすぐに冷えてしまうので、またブレーキングとコーナリングで温めるということを繰り返しながら周回するわけです。

 そこでドライパッチが増えてくればタイヤに熱が入っていく方向にいきますが、1〜2周目はどうしても慎重になりますし、どうしてもアクセルが踏めないのでタイヤの温度をキープできません。アウトラップから1〜2周目はタイヤや路面の状況を見ながら確認して、タイヤの温度をある程度キープしながら思い切って3周目もしくは4周目にアタックに入るというのが定石です。

 雨上がりでのドライタイヤはリスクはあるのですが、逆に言えば、ちょっと早いかなというタイミングでタイヤを替えなければ、あの残り時間が少ない状況では間に合いません。そこのアウトラップ、ウォーミングラップを堪え切れば、一番乾いてきた状況で最後にアタックができます。

 その判断は大抵、ドライバーの選択による部分が大きいと思います。やはり外側からでは見える範囲は限られていて、僕が映像の画面を見ながら解説しているときにはピット側も同様の状況で見ていたと思いますが、ドライタイヤで行けるかは分からなかったと思います。

 あの場面はもう、ドライバーを信じるしかない状況だったと思うので、ドライバーが『ドライで行く!』と言ったら『よし!』とチームもなるならざるを得ません。ウエットからドライに変わるというタイミングは本当ドライバーの判断に掛かっている部分があります。とにかく勇気がいる判断ですが、今後のF1を引っ張っていくであろう若いドライバーたちが本当に恐れることなくタイヤを替えてアタックに入っていきました。ああいうシーンを見ていると『本当に時代が変わってきたな』と思いますね。

 その後にアタックしたカルロス・サインツJr.(フェラーリ)、ランド・ノリス(マクラーレン)にしろ、彼らの判断を何と言ったらいいか……『ちょっと守りに入ろう』という考えがないわけではないとは思いますが、それよりも『上に行きたい』『そのためにはここしかない』という意思を感じさせられますし、同時にそれをきちんと形にしてしまう技も持っています。

 やはり、F1はコンペティションであり、人と同じことをやっていても上には上がっていけません。人と違うことを何かやって、リスクもあるけど成功させたドライバーが上がっていくという世界でもあると思います。それを本当に見事に体現しているのが今のノリス、ラッセルであり、サインツも良い仕事をしました。本当に今回の予選はいろいろと考えさせられたといいますか、見どころの多い予選でした。

 そして、その予選以上に見どころが多かったのが翌日の決勝ですよね。とにかくノリスが凄いなと思いました。レースを振り返るといろいろ見どころが多くありましたが、ノリスの走りがあまりにも強烈すぎました。今回のノリスとハミルトンは本当に少し次元が違う戦いでした。

 ノリスはスタートで遅れて2番手になってしまったのですが、トップのサインツを追随して、3番手以下が離れたこともあって序盤は2台での戦いになりました。そのなかで『タイヤが予想以上にキツイ』とふたりとも無線で話していました。前日の雨で路面上のラバーグリップが流れた後ですし、ソチのコースは普段はほとんど使っていないサーキットでもあるので、路面にラバーがたくさん乗っているわけでもなく、路面ミューもそんなに高くはないと思います。

 予選日の雨で路面に本当にラバーがない路面がグリーン状況でのスタートだったので、タイヤには厳しい条件が揃っていました。レースの序盤から多くのマシンに左フロントから予想外のグレイニングが出ていました。もともと路面ミューが低いサーキットで、ラバーが乗ってない状況で燃料を多く積んで長い距離を走らなければいけないとなると、あっという間にタイヤが厳しくなってしまいます。

 その後はサインツが先にピットに入りました。ノリスも『もうタイヤ(のグリップ)が終わっているよ』と無線で伝えていましたが、そこから急激に路面状況が変わって周回数を伸ばしていきました。そこにはもうひとつの要素があります。

 ソチはどちらかというと中低速サーキットで高速サーキットではありません。セクター1を見ていると結構速いコーナーは続くのですが、いわゆる高速コーナーではなく、微妙にダウンフォースとエアロをきちんと使っていかなくてはならないコーナーです。

 そういったコーナーがでは、前にクルマがいると、やはりダウンフォースを失った状態のままで走らなくてはいけないので結構フロントタイヤを削ってしまいます。特にセクター1の直角コーナーなどではアンダー方向に行ってしまいます。それでタイヤへ結構な負担をかけることになり、タイヤを酷使することになります。

 ですが、前のクルマがいなくなった瞬間、特にフロントウイングにキレイに風が当たります。ノリスの状況は、そこでダウンフォースが得られて、もう1回タイヤを生き返させることができてタイムがまた戻ったという状況だと思います。前にクルマがいることでのタイヤに対する影響は、今回はかなり大きかったように見えました。しかもオーバーテイクも難しいサーキットで、微妙にダウンフォースに影響するような乱気流が発生するコーナーも続きます。

 また、グリーン状態から周回することで路面にラバー乗って、路面ができてきたというのも大きいです。路面はスタートから毎周と言ってもいいぐらい良くなっていったと思います。周回を重ねていくとタイヤの状態が悪くなってタイムは落ちますが、燃料が軽くなってくる分とラバーが乗って路面が向上する分があり、その問題をカバーしてくれる、というのがレース中に見えました。

 その後の優勝争いはレース終盤に雨が降り始めたことで混沌となりました。終盤に追い上げてきたハミルトンとトップを走行していたノリスですが、残り6〜7周のとことで雨が降ったときのノリスのステイアウトの判断は、やはりドライバーの判断によるものだと思います。雨上がりと違って、降り始めの雨の場合は外から見える部分の方が大きい場合が多い。天気予報のレーダーや雨の降り方も含めてピットの方が状況を把握しやすいので、ドライバーは降り始めからどこまで雨が強まっていくかは分かりにくい。

 ですので、ドライバーにとってはコーナーに行ったらいきなり『うわっ! 濡れていた!』みたいな感じになります。その場合はやはり外からのインフォメーションが重要で、ドライバーはピットに『雨はどれぐらい降っている?』ということ結構聞きます。そこでの判断に関してはドライバーとチームでフィフティ・フィフティな部分があると思います。チームはセクタータイムや周りのタイムも全部見られるので、そのタイムの落ち方を見ればどれぐらい降ってるかというもおおよそ分かります。

 ノリスとハミルトンのあの時のドライバーの心境としては、やはりどちらもピットには入りたくないですよね。メルセデスはピットの準備をしましたが、ハミルトンは1度スルーしましたよね。メルセデスのチーム的にはおそらくハミルトンをあの瞬間、ピットに入れたかったと思います。ただハミルトンとしては『前のノリスはそのまま行っているし、もしそのまま行けちゃったら……』というのもあるので1度スルーをした。でもチームから強い指示が来たのと、自分でも『やっぱりこれは無理だ』というところを最終的に決断してハミルトンは次の周回にピットに入りました。

 対するノリスは、ミラーを見て後ろのハミルトンがピットに入ったこと確認しても、どうすることもできない。先に動かれたといいますか、マクラーレンは『ピットに入れ』と言っていたとは思いますが、ノリスはもうとにかく無視でそのまま走行を続けました。ああなったらもう入るに入れないといいますか、そういった状況に自分を追い込んでしまいましたね。ただ、こうして外から話すほど簡単な判断ではないので、ドライバーもチームも難しい判断だったと思うのですが、でもやっぱり“若さ”の部分があるのかなと思いました。

●これも若さゆえか。気になるノリスの『エキサイト無線』と、ハミルトンという唯一無二の見習うべき存在


 ノリスにもう少し手堅さがあればと感じましたね。たとえばチャンピオンを争っているドライバーだったら、スリックでこの雨は相当リスクが高いし、飛び出したら壁がすぐにあるのでちょっと早めにピットに入った方がいいかなということを考えて、タイヤを替えてもまだ勝てる可能性はおそらくあったと思います。そこはある意味若さという部分と、もうひとつ気になったのがノリスの無線の対応の仕方です。

 雨が降る前のハミルトンに差を詰められている状況のとき、ノリスは結構エキサイトしていました。ノリスは普段は穏やかな表情で話しているのですが、時々ああいった無線があって、今回もチームに対して『シャラップ(だまってて)!』みたいな言葉もありました。集中したいからというのも分かるのですが、激しい言葉があまり続くと、やはりチームの方がノリスに呼びかけづらくなります。

 ドライバー側としても、そう話すことで感情をコントロールしている部分もあるので一概に否定してはいけませんが、やはりチーム、担当エンジニアとしてはコミュニケーションを遠慮してしまうことにもつながりますので、ドライバーが学ばなくてはならない部分かなと思います。

 F1はドライバーが主役ではありますがチームスポーツでもあり、チーム全員の戦いでもあるので、ちょっとした言葉の使い方や態度でチームの判断を誤らせることに繋がってしまうことは、結局ドライバー自身にとってポジティブではないですよね。それはノリスだけではなく、今季前半戦の角田裕毅(トロロッソ・ホンダ)選手にも言えることです。本当にこれに関しては、結果巡り巡って、自分に絶対にプラスにはなりません。

 今回は、雨が降り出したときにチームがノリスにもっと強く『絶対にピットに入ってこい!』と言っていれば、もしかしたらノリスはすぐにピットに入っていたかもしれない。でも、なんとなく様子を見ながらみたいな話だったら、ノリスは『いやこのまま行くよ!』みたいな感じになると思います。今後チャンピオンを争うドライバーに成長していく過程では、コミュニケーションの仕方を学んでいく必要があるのかなという風に思いました。ですが、それにしてもあの雨の中、スリックタイヤで走り続ける感覚は普通のドライバーにはありません。

 シャルル・ルクレール(フェラーリ)も同じように雨のなかスリックで走行し続けましたが、『止まらない・曲がらない』状況ですからね。あそこまで雨が振るとは思わず、まだ行けると思っていたのでしょうけど、ノリスもルクレールも、コースアウトしても壁にはぶつからず、ちゃんとクルマを壊さずに帰ってきたところはすごいなと思いました。ピットまで戻るだけでも本当に相当大変だったと思います。何度も言いますが、とにかくノリスの走りは素晴らしかったです。ノリスのゾーンに入ったときのドライビングと集中力、本当に今回もいいものを見たなという感じでした。

 クルマに関しては、マクラーレンも雨上がりの路面にすごくあっていたように見えましたが、やはりメルセデスのほうが若干上回っていたと思います。そのなかできちんと追い上げてくるハミルトンのドライビングも素晴らしく、やっぱり王者だなと思いましたし、結果、やはり王者の戦い方をしたなというのが感想です。

 ハミルトンもノリスに追いついたけれど抜ける感じはなかった。ノリスもハミルトンが少しプッシュしてきたときにタイムを上げていたので、あそこでタイヤを潰してしまうかなとも思いましたが意外に潰しませんでした。逆にそこまでノリスはタイヤをコントロールして走っていました。ハミルトンが追いついてきていたのだけども、それでも無理にプッシュせずにタイヤを守り続け、燃費もコントロールしつつ走っていたというところが末恐ろしいドライバーです。

 ロシアGPはノリスが凄すぎて話が尽きないのですが、対するハミルトンもやはり冷静で、それが100勝につながっていることを感じました。前人未踏の100勝は今後も破られるかどうか分からない記録になっていくと思いますが、これはもう、明らかに成長して変わってきたハミルトンだからこそ、なし得た偉業だと思います。

 その一方、今の若いドライバーたちが恵まれているなと思うのは、このハミルトンを見て、自分たちがやらなければならないことを、今度は自分が100勝するために、今から学ぶことができます。明確なターゲットとしてハミルトンがいますし、そのためにハミルトンが今まで何をやってきたかということを教えてくれているわけです。

 昔のハミルトンは、それこそ今の若いドライバー以上にイケイケかつキレキレで、もっと激しかったわけです(苦笑)。それが勝つため・勝ち続けるために、人間性をあそこまで変えることができた。今の若いドライバーたちは、ハミルトンがそこで何をしたかを学べるチャンスを貰えています。若いドライバーたちにとってハミルトンは本当に王者であり、この言葉が正しいかどうか分からないですが、ある意味、先生でもありますので、そういった見方も面白いなと思います。

 そして今回見ていて感慨深かったのは、ハミルトンとノリスというのはとても似たドライビングをするドライバーという部分です。ドライビングスタイルがすごく似ていて、そのふたりがトップ争いをしているというのは、以前から見ていてそんなコメントしている僕としては、何か時代の移り変わりが来たな、こういう絵が見れるようになったんだな、というような印象深いレースになりました。このふたりの戦いは、これからはもっと面白くなりますね。

 今回はノリスとハミルトンがとにかく凄すぎたので触れる機会が少なくなってしまいましたが、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)も、最後は恵みの雨できっちりと2位まで上がってきました。途中は結構厳しい展開になりつつあり、多少の接触もしていたのですがきっちり最後まで残り、チャンピオンシップを考えると最小限のダメージで抑えました。本人も2位までは上がれるとは思っていなかったようですが、結局レースの最後に上位に残ったのはチャンピオンを争うハミルトンとフェルスタッペンのふたりで、そこもさすがでした。


中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
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