佐藤琢磨は、2021年がインディカー・シリーズ参戦12年目となった。17戦の予定だったシーズンは、トロントが長引くパンデミックのために不開催とされて16戦で争われた。コースの内訳は常設ロードコースが7戦、ストリートコースが5戦、高速オーバルが3戦、ショートオーバルが1戦だ。

 大多数を占めるロードコース/ストリートコースでは、今年の琢磨は予選でファーストステージを一度もクリアできなかった。勿論、彼がインディカーに来て以来初めてのことだ。

 実は、このような不振がシーズン開幕前から心配されていた。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)がチームのエンジニアリング部門の強化を実現できなかったからである。

 2020年まで琢磨とタッグを組み、インディ500での優勝を含む4勝、3回のポールポジションをともに記録したベテランエンジニアのエディ・ジョーンズは2020年シーズン限りで引退をしてしまった。

 そして、RLLはそのポジションに適切な人材を配置することに失敗した。彼らが起用したのはカーリンでインディカーを少し経験しただけのマット・グリースリー。ジョーンズの穴を埋めることは期待しにくかったが、若いエンジニアならではのフレッシュなアイディアが新しい道を切り開いていくことに繋がる可能性はあった。

 グリースリーはテキサスでのレース後に母国イギリスに戻ったのだが、そのままアメリカに戻ってくることができなくなった。パンデミックによって、米英間の往来に関する手続きが停止、あるいは非常に長い時間がかかる事態となっていたためだ。

 琢磨は開幕前から若いグリースリーを盛り立てていく姿勢を保っていたが、レース現場にくることのできなくなったことも影響して彼との仕事はスムーズに進んでいかなくなった。

 テクニカルディレクターのトム・ジャーマンの下で、アレン・マクドナルドとジョーンズという経験豊富なエンジニアがそれぞれグラハム・レイホールと琢磨を担当する昨年までの体制はそれなりの結果を出していた。

 しかし、ジョーンズが抜けたことでエンジニアリング部門は弱体化し、補強がうまくいかなかったためにチームは戦闘力を下げた。琢磨がロードコース、ストリートコースで以前と同じパフォーマンスを発揮できなくなったのではなく、走らせるマシンに問題があったのだ。

 それはチームメイトのグラハムを見ても明らかだった。彼の予選成績は琢磨よりは良く、ファーストステージのクリアが4回あり、ファイナルにも1度だけだが進出した。マクドナルドとのコンビ継続となっていた点で、琢磨ほど働く環境が悪化していなかったからだろう。

 しかし、ボビー・レイホールが率いるチームは、チャンピオンシップをチーム・ペンスキーやチップ・ガナッシ・レーシングと争うことを目標として活動してきたはずだ。そんな彼らにとっては、2021年の、特にロード&ストリートコースでのパフォーマンスは低調と評せざるを得ないものだった。

 シーズン終盤戦にRLLからスポット参戦したドライバーたちが予選でファイナルに二度進んだ。彼らが才能ある若手であることに疑いの余地はないが、チームの用意した実験的なセッティングが功奏したという事情があっての好結果だった。

 暗闇から抜け出すための新たなトライを行うミッションが3台目を走らせるドライバーたちには与えられ、そのセッティングの方向性が良かったことで、週末の走り出しからマシンを進化させて行くことのできていた彼らが予選で上位に進出することとなった。

 苦闘しながらも何らかの解決策を見出そうとRLLは努力を続けていた。その甲斐あって彼らのロードコース、ストリートコース用セッティングはシーズン終盤に幾分向上したようだった。しかし、最終戦ロングビーチでも彼らは金曜日のプラクティスから一進一退を繰り返していた。まだまだ彼らはトンネルを完全に抜け出すことはできていない。


 オーバルでの戦いは、ロード&ストリートに比べれば、悪くはなかった。しかし、2021年のインディカーシリーズは、残念ながらオーバルレースが4戦しかスケジュールされていなかった。

 琢磨はシーズン前半のテキサスでのダブルヘッダーで9位、14位という結果を残し、インディ500では予選が15番手だったが、レースに向けたマシンは高いレベルに仕上げることができ、優勝を争うべくトップ10につける戦いを見せていた。

 ところが、もうゴールが間近となったところでチームが大ギャンブルの燃費作戦を採用したため、琢磨は優勝を懸けたバトルへと加わっていくチャンスを失い、14位でのゴールとなった。ショートオーバルのゲートウェイでの琢磨は、予選こそ17番手と振るわなかったが、6位でのフィニッシしてみせた。

 今年の琢磨はオーバルレースを含め、表彰台に一度も上れなかった。それでも、セント・ピーターズバーグで6位、デトロイトのレース1で4位、ロードアメリカで8位、ミド・オハイオで10位としぶとく戦い、トップ10フィニッシュをロード&ストリートで4回記録し、オーバルは4戦中の2戦でトップ10入りを果たした。


 リタイアは全16戦で2回と少ないシーズンとなった。ナッシュビルのアクシデントはすぐ前方で発生した多重クラッシュで道が完全に塞がれた、避けようのないものだった。

 そして、ラグナセカでのものは、単独スピンをしたところに他車が突っ込んで来てマシンにダメージを受ける不運さだった。そのレースでの琢磨は、スポット参戦で予選5番手となったオリバー・アスキューのセッティングをフルコピーして決勝に臨んでいた。

 乗り慣れたセッティングのマシンではなかったところがスピンの原因だったのかもしれない。チームメイトが琢磨のセッティングを完全コピーしたことは、これまでに何度かあった。しかし、琢磨が誰かのセッティングをコピーするというのは初めてのことだった。

 RLLのエンジニアリングは迷宮入りしており、シーズン終盤でも琢磨が求めるマシンを作り上げることにおおいに苦労していた。

 琢磨、そしてRLLにとって不幸中の幸いは、グリースリーがアメリカに戻って来れなくなった時、インディ500でチーム全体をサポートする予定となっていたジョーンズがすでにアメリカ入りしており、インディアナポリスのロードコースでのシリーズ第5戦から琢磨を担当エンジニアを務めることができたことだった。

 ただ、琢磨とジョーンズの関係復活こそなったものの、新シーズンに向けた準備をオフの間に時間をかけて一緒に行っていなかったために、チーム全体のエンジニアリングをすぐさまレベルアップさせることは彼らにでも不可能だった。

 それでも、3シーズンをともに戦い、勝利を重ねたコンビは息が合っており、苦しい状況下でもレースに臨むまでにマシンを改善し、どうにか戦える環境を整えることはできていた。

 ドライバーとしての琢磨も、不利を経験でカバーする走りに徹していた。厳しい環境となっても彼は持ち前の攻める姿勢を失わず、同時にしぶとさも発揮して戦っていた。それがリタイアの少ないシーズンに繋がった。

 マシンが思い通りに仕上がらなくても、セッション毎にトライアル&エラーを重ね、琢磨とジョーンズはマシンを向上させていった。それが6回のトップ10フィニッシュに繋がった。

 粘り強くシーズンを戦い抜いた琢磨だったが、ファイナルランキングは3年連続トップ10入りを惜しくも逃す11位となった。10位となったアレクサンダー・ロッシとの差は8点という小ささだ。


 2021年シーズンが終了してからしばらくして、琢磨がRLLを離れることをチームと琢磨自身が同時に発表した。

 2018年に復帰した時点から、琢磨は“RLLはグラハムのもの”と理解しており、“自分より長く現役を続けるであろう彼のために、チームの基盤を強くすることに少しでも尽力したい”と考え、奮闘を続けてきた。

 RLLがオーバルで安定したパフォーマンスを発揮するようになったのは、琢磨のフィードバックに依るところが大きい。レガシーを残してRLLを離れる琢磨には、2022年からの新天地での活躍を期待したい。