今シーズン限りでIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権の最高峰DPiカテゴリーから撤退するマツダ・モータースポーツ。同チームで長年活躍してきたジョンサン・ボマリートは今週末、ロード・アトランタで開催される2021年最終戦プチ・ル・マンを前に、DPiプログラムに「別れを告げるのは難しい」と語った。

 ボマリートとハリー・ティンクネル、オリバー・ジャービスの3人は、マツダのDPiプログラム終了に伴う『マツダRT24-P』の引退を前に、46回目の出走となる最後のレースに臨む。

 マツダは、IMSAでDPi(デイトナプロト・インターナショナル)がスタートした2017年当初からこのカテゴリーにコミットし、同年にデビューしたLMP2カー『ライリーMk.30』のシャシーをベースにマツダRT24-Pを構築してシリーズ最高峰カテゴリーを戦ってきた。

 フルタイムドライバーとしてまた、エンデュランスカップのスペシャリストとして5シーズンにわたって“魂動デザイン”のクルマをドライブしてきたボマリートは、このプログラムが長年にわたり自分自身とIMSAファンの両方にポジティブな足跡を残してきたと感じている、とSportscar365に語った。

「(マツダのシリーズ撤退は)悲しく辛いが、長年にわたってこのプログラムに参加できたことにとても感謝している」とボマリート。

「非常に多くの素晴らしい人々、チーム、パートナーと協力して仕事ができたこと、そのすべてにとても感謝している。しかし、このレベルでブランドに別れを告げるのは難しい」

「同時に、それが終わってしまうのを悲しむファンがたくさんいるのを見るのは、とてもクールだと思う」

 彼は今日のマツダRT24-Pが、4年前に始まったDPiカテゴリーの初年度に参加したクルマとは明らかに異なっていることを示唆した。

「ドライバーにとっては、目隠しをされたらまったく違うレースカーに乗っていると思うだろう」とボマリートは述べる。

「このプログラムはどんどん良くなっている。信頼性、パフォーマンス、チームの結束、それらすべてだ。年々しっかりとしたプログラムを築いているとき、それは良くなり続ける」

「マルチマチック社の人たちは素晴らしい仕事をしてくれた。ドライバーはどのレースに出ても勝てる競争力のあるクルマに乗りたいもので、そこに居たいと思う」

「シリーズの総合優勝を目指して戦い、すべてのレースで勝てるチャンスがあると感じることは、パドックにいるすべてのドライバーにとって夢のようなプログラムだ」

■マツダ・チームヨーストで勝ち取った思い出の初勝利

 マツダのDPiプログラムは当初、RT24-Pの先代にあたるスカイアクティブ・ディーゼルエンジンを搭載したローラ・マツダを走らせていたスピードソース社によって運営されていた。

 迎えた新規定デビューイヤー、この年に競争力がなかったマツダは、ル・マン24時間で輝かしい成績を残してきたヨースト・レーシングと複数年契約を締結。名門エンジニアリング集団とともにファクトリープログラムを運営することで、キャデラックチームや、ニッサンDPiで参戦したエクストリーム・スピード・モータースポーツ(ESM)、アキュラ・チーム・ペンスキーなどのライバルたちに近づいていった。

 2年間の提携の間にマツダ・チームヨーストは2019年、ワトキンス・グレンで達成したDPi初優勝を含む3勝をマークしている。そんな成功したパートナーシップは2020年1月のデイトナ24時間を最後に打ち切られ、以降はカナダのマルチマチック社が、同チームのレース運営と車両開発を引き継ぎ、今日までマツダの活動を支えてきた。

「ヨーストのプログラムから(マルチマチック主体のマツダ・モータースポーツ)に移ってきたスタッフが何人かいるので、数年前からこのプログラムに携わっている人もいる」とボマリートは説明した。

「印象に残っているレースとしては初優勝、2019年のワトキンス・グレンと、モスポート・パーク(CTMP:カナディアン・タイヤ・モータースポーツ・パーク)でのワン・ツー・フィニッシュが挙げられる」

「セブリング12時間レースでの優勝も、僕にとって非常に特別なものだった。今年そこに戻ってフロントストレートに掲げられたバナー(優勝チームとマシン名が西暦とともに書かれたプレート)を見て、そのような歴史の一部になれたことをとても特別に感じた」

 マルチマチックのエグゼクティブ・バイスプレジデントであるラリー・ホルト氏は、DPiカテゴリーにおけるマツダとのひとときを振り返り、プログラムの存続期間中に数多くの課題が提示されたにもかかわらず、全体的満足のいくものだったと語った。

 マツダRT24-Pは当初、ペースが良い場合でもロレックス24(デイトナ24時間)のようなメジャーレースでは信頼性を欠くことが多かった。しかし、プロジェクトの後半になると主要な耐久レースでのパフォーマンスが徐々に向上していった。

「それは私やレースチームにとっても、パートナーにとっても、そしてこのクルマを作ったエンジニアリング組織にとっても少し感情的な時間だ」とホルト氏。

「マツダRT24-Pが怒りのままに(トラックに)解き放たれるのはこれが最後であり、レースで勝つためのプログラムにするために何年もかけて開発し、ハードに努力してきたことが終わりを迎える」

「このプログラムに参加したすべての人は、少なからずこのゲームに関わっている。私たちがしばしば提示された逆境を克服することは、いつも信じられないほど挑戦的だったが、同時に驚くほどの満足感を得ることができたんだ」