2021年F1第22戦アブダビGPレーススタート直前のグリッド。8番グリッドに止めたマシンから降りた角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)に、担当エンジニアのマティア・スピニがすかさず近寄っていった。最後の確認を行うスピニの言葉に、耳を傾ける角田。その視線は、グリッドのはるか前方、1コーナー方向をまっすぐ見据えていた。

 角田の周りにはいつの間にか、テクニカルディレクターのジョディ・エギントン、チーム代表のフランツ・トストも集まって、ふたりのやり取りを見守った。エンジニアふたりが去ったあともトスト代表は角田のそばから離れず、最後は角田を抱き寄せるようにして何かを耳打ちしていた。

 新型コロナの世界的パンデミックの影響で、昨年3月オーストラリアでの幻の開幕戦以来、まったく海外取材ができずにいた。今回ようやく訪れた最終戦アブダビGPでの角田との再会も、まる2年ぶりになる。最後に会ったときは、まだF3ドライバーだった。それが昨年、F2で目覚ましい成長を遂げて瞬く間にF1まで駆け上がってきた。この2年間、リモートでは何度も話を聞き、画面越しに顔も見ていたが、実際に対面した角田の肉体は確実にひと回りたくましくなり、かつてのあどけない表情は微塵もない。目の前にいるのは、まぎれもないF1ドライバーの角田裕毅だった。

■ここまで破れなかった壁
 最終戦の週末、角田は初日フリー走行から力強い走りを見せていた。2カ所の低速シケインが取り払われるなど大幅なレイアウト変更を施されたヤス・マリーナ・サーキットは、高速コースに変貌していた。流れるような中高速コーナーはわずかなミスが大きなタイムロスや、バリアへの接触、クラッシュを招く。実際、初日FP2だけでもバルテリ・ボッタス(メルセデス)、キミ・ライコネン(アルファロメオ)、ニコラス・ラティフィ(ウイリアムズ)が餌食になった。

 そんななか、角田はFP1ではレッドブル、メルセデスの4台に続く5番手、FP2はアルピーヌの2台に先行されたとはいえ7番手と、まずまずの速さを見せた。勢いは衰えず、FP3で6番手タイムを出して2時間後の予選本番に臨んだ。ちなみに角田は、フリー走行3セッションすべてでピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)を上回り、トップタイムからも1秒以内に入る。チームメイト、そしてトップとの相対差でこれだけ速かったのは、2021年シーズン22戦で初めてのことだった。

 予選Q1はいきなり赤旗中断となる荒れた展開だったが、角田は1セット目のソフトで6番手、2セット目でコンマ3秒タイムを伸ばし5番手でQ2に進んだ。決勝での第1スティントを考えれば、Q2はミディアムでのアタックが望ましい。だがピレリによれば、ソフトとミディアムのタイム差は0.6秒。充分な一発の速さがなければ、ソフト勢に負けてしまう。

 2強4台以外にミディアムで臨んだのは、アルファタウリの2台とランド・ノリス(マクラーレン)、アントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)の計8台。角田はガスリーに1秒以上の大差をつける6番手タイムを記録。2セット目もミディアムを履いたのは、メルセデスとアルファタウリの4台のみ。角田はソフト勢相手に8番手タイムを叩き出した。一方のガスリーは12番手でQ2落ちを喫した。ここまで21回の予選で負け続け、とてつもなく高い壁だったガスリーを、ついに破った瞬間だった。

 Q3での角田は、最初のアタックで自己ベストを一気にコンマ4秒縮める1分23秒011、暫定4番手のスーパーラップを生み出す。しかし最終コーナーでほんのわずか挙動を乱し、トラックリミットを超えたことでタイム抹消になった。ノータイムで10番手となった角田は、最終アタックで自己ベストを上回れず8番手に終わった。

 スランプに苦しんでいたシーズン中盤は、Q2落ちも珍しくなかった。そのころを思えば8番手は望外だったが、終盤3戦の角田は全予選でQ3に進出し、いずれも8番手と著しい成長ぶりだ。さらにいえば、幻のスーパーラップは他車のスリップを使わずに出したもの。角田自身、最終コーナーのミスを悔しがるよりも「あそこまで攻められて良かった」と満足げだった。

■自信があった角田ライン
 残る課題はレーススタート、そしてロングランのペースだ。前戦サウジアラビアも、スタートで8番手から12番手に後退。その後のペースもまったく伸びず、13位完走が精いっぱいだった。とくにアブダビでは、グリップに劣るミディアムスタートなだけに、スタートでの懸念は大きかった。

 だが、角田の危なげなさはスタートでもレースでも発揮された。見事な反応で、逆に出遅れたボッタスをパスして7番手へ。DRSトレインで膠着状態となるが、ソフト勢が次々とピットに入り、角田は23周目まで引っ張って暫定3番手。ハードに履き替えていったん10番手に後退するが、再び7番手まで順位を戻した。

 その間38周目には、フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)をターン9で仕留めている。その1周前、タイヤ交換したばかりのアロンソが角田をパスした。「コースからはみ出しながらだったので、順位を戻してくれると思っていたらそのままだった」。だから抜いたと、負けん気の強さを見せた。

「今シーズンはアロンソにやられっ放しだったので、あそこは引かずに意地で抜きました」。9コーナーでのアロンソの攻略に関して「たぶん他のドライバーに負けない。少なくともハミルトン以外には」と、絶対的な自信を持っていたようだ。「僕だけアプローチを少し変えて、積極的に縁石を使うようにした」と話す。すると、他のドライバーも角田のラインをまねるようになったそうだ。

 そして終盤52周目、ラティフィのクラッシュでセーフティカーが入ると、チームは6、7番手の角田、ガスリーを続けてピットインさせた。これが好判断だった。順位を落とすことなくソフトを履きコースに復帰した2台は最終周のリスタートで、28周オールドのハードで走っていたボッタスを立て続けにかわし、4、5位でチェッカーを受けた。

 角田は自己ベストの4位。3位表彰台のカルロス・サインツにも0.519秒差まで迫っていた。「最終周の裏ストレートを全開走行中にシフトダウンに入ってしまって、そこでだいぶ失速してしまい3位のチャンスを逃してしまいました」。初表彰台を逃した悔しさを角田は隠さなかった。

■ほんのちょっとの違い
 予選Q3でミスがあったが、最終戦の角田はほぼ完璧だった。安定した速さ、危なげない走りもさることながら、驚くべきはFP1から予選、レースまで、全セッションでガスリーをしのぐタイムを出したことだ。前戦までのペース差を見れば、突如速くなった印象すら受ける。アブダビの角田はガスリーに対して、具体的にどこで優れていたのだろう。

 アルファタウリのホンダ責任者である本橋正充チーフエンジニア(CE)に尋ねると「全体的に少しずつ、という言いかたが合っていると思います。各コーナーで、ちょっとずつガスリーを上回っていた」そんな返答だった。本橋CEは「ふたりのセッティングの違い」を口にした。

「ガスリーは初日からセッティングに問題を抱えて、何度も大きく変えていた。FP3でも手を加えましたが、それでも合わせられず、裕毅との差が広がっていったということですね」

 角田もセッティングはその都度変えていた。しかしその内容は全然違っていたと言う。

「ガスリーは問題があるからこう変えるというスタンス。それに対して裕毅は、ここがちょっと足りてないからこうしようとやっていました。つまり、セッティングの合ってないところを直すのか、パフォーマンスをさらに上げるかための変更かという違いです。ガスリーも大外ししていたわけではなかったんですけどね」

 両者の関係はこれまでずっと逆だった。

「ガスリーは“ここを変えればさらに良くなるはず”と合わせ込んでいき、裕毅は“アンダーをどうやって直そうか”と試行錯誤していました。もちろん大差はつきません。ほんのちょっとしたことですが、その点が逆転したというか、変わった。コースが裕毅のほうにより合っていたというのも要因だとは思います」(本橋CE)

「開幕戦当時の自信をここでようやく取り戻せた」と語った角田だったが、来季に向けては「決して楽観はしていません。マシンの戦闘力もありますが、僕自身もドライビングについて完全に自信を持っているわけじゃない」と慎重に言葉を選んだ。そんな地に足のついた言葉がいっそう頼もしく響いた。角田は2年目に向け、さらに大きく羽ばたく準備ができているようだ。

※この記事は本誌『auto sport』No.1567(2021年12月24日発売号)からの転載です。