2022年のWEC世界耐久選手権にフル参戦している日本籍チームはふたつ。ひとつはハイパーカークラスにエントリーするトヨタGAZOO Racingで、パワートレーンを中心とした車両の主要コンポーネンツを日本で開発、現場にも多くの日本人スタッフを送り込んでいる。ドライバーには小林可夢偉、平川亮という2名の日本人が名を連ね、その可夢偉は今季よりチーム代表も兼任するなど、さまざまな意味で“日本色”が濃いワークスチームだ。

 そしてもうひとつの日本籍チームが、昨年からシリーズフル参戦を開始したLMGTEアマクラスのDステーション・レーシングである。星野敏と藤井誠暢というふたりの日本人ドライバーが今季はイギリス籍のチャーリー・ファグとトリオを結成、TFスポーツのメンテナンスのもと、アストンマーティン・バンテージAMRで世界を転戦している。

 フル参戦2年目の今季、昨年は中止となった富士6時間レース(9月9〜11日)への凱旋も近づいてきたが、激戦の世界選手権を戦い抜くなかで、星野と藤井は“2年目の進化”を確実に感じているという。

 第4戦モンツァを終えたふたりに話を聞くと、彼らの現在地とLMGTEアマクラスのレベルの高さ、そこで用いられる“評価と戦術の妙”が見えてきた。

■2戦連続トラブルの原因は『速さ』と『気合い』?
「2年目ということで、ふたりとも昨年よりもコースに慣れ、習熟度が上がったと言いますか、クルマにも慣れまして、実際にタイムも上がっているんです」と語るのは、チームオーナーの星野だ。

 日本が誇るトップ・ジェントルマンとも言える星野は、国内外のさまざまなレースで経験を積み、WEC富士戦へのスポット参戦やアジアン・ル・マン参戦、そしてル・マン24時間レースへの参戦など着実なステップを経て、2021シーズンから世界選手権へとフル参戦を果たした。

 2021年はル・マンで完走、モンツァではクラス表彰台に上るなど、当初目標としていた項目を着実にクリアしていったが、星野と藤井にとっては“世界のレベル”をさまざまな面で味わうシーズンともなった。

 2年目の今季はマシントラブルが発生するなどした結果、ここまで納得のいくリザルトが残せていない。「ちょっと噛み合ってないのですが、あと2戦(富士とバーレーン)あります。富士も3年ぶりですし、Dステーション・レーシングとして出るのは初めてなので、地元で過去最高の結果を残したいですね」と星野は意気込む。

 Dステーション・レーシングのマネージング・ディレクターも務める藤井によれば、今年の第3戦ル・マン、そして第4戦モンツァで見舞われたトラブルに関しては、今季彼らが置かれた“状況”も遠因となっていたようだ。

「ル・マンでは、リヤのサブフレームのアッパーアームの付け根がちぎれました。原因はおそらく、疲労が溜まっていたことです」と藤井は説明する。

「昨年のル・マンは完走を目標にしていて、テストデーでも最初にトップタイムが出せて自信もついたので、そこからは縁石に乗らないように走らせていました。でも今年はタイムも上がっているし、レースまでにだいぶ縁石を使っていたし、クルマに負担をかけていたのだと思います。最後のフォードシケインなんて、縁石に乗らなかったら2秒くらい遅い。ただ、縁石も乗り方、乗る角度、その量などでだいぶ差が出るので、難しいところです」

「モンツァでは、スロットルペダルが折れました。純正のノーマルパーツで、樹脂でできているのですが、(Dステーションでメンテナンスしている)うちのクルマでも年2回くらい変える部品で、WECではル・マンの前に新品にしているんです」

「基本はそんなに折れるものではないのですが、モンツァはBoP(性能調整)がちょっと悪くて、フェラーリがめっちゃめちゃ速かったんですよね。スロットルペダルは(全開まで)踏んだあとに、さらにプラスチックの分、ちょっと踏み込めるんですよ。だから僕らがちょっと気合いというか力が入りすぎて(笑)、それがたまたま星野さんのときに踏んだらバキっと折れてしまい、それでセンサーがアウトになってしまったんです」

 2戦連続でのトラブルとなってしまったが、チームに非があるというわけではなく、メンテナンスを受け持つTFスポーツのレベルは「すごく高い」とふたりは声をそろえる。

 昨年のル・マンではメンテナンスを担当した3台すべてをトップ10に送り込み、今年のル・マンで公式競技として行われたタイヤ交換の速さを競う“ピットストップチャレンジ”では、1位と3位。「スタッフもレベルが高い人が集まっている」(藤井)というTFスポーツが、Dステーションのベースを支えていることは間違いなさそうだ。

■「日本のプロも負けると思う」アマチュアのレベルの高さ
 1シーズン半、世界選手権を戦ってきて、一番手応えを感じた瞬間はいつか。星野は「この前のモンツァですかね」と今季第4戦を挙げる。その理由は、決勝で好ペースを刻めたことにある。

 WECではすべてのドライバーのアベレージラップが算出され、各チームやドライバーは、その数字をもってポテンシャルが比較される。モンツァの星野のスティントのアベレージでは、“トップアマ”とも称される同じアストンマーティンのベン・キーティングを、星野が初めて上回ったのだという。

「キーティングは、めちゃめちゃ速いですよ。はっきり言って、日本のプロで負ける人はいっぱいいると思います」と藤井。

「彼はLMP2も乗っているし、30歳くらいからやっているし(※現在51歳)、キャリアはほぼプロ。そのキーティングを、最後のスティントのアベレージでは星野さんが上回ったんです」

「ブロンズ(アマチュア)が速ければ、上にいけますよ。プロは変わらないんで」と話す星野に、「そうは言っても、だいぶ大変なんですよ」と藤井は笑う。

 FIAのドライバー・カテゴライゼーションでは、星野がブロンズ、藤井がゴールド、ファグがシルバーにレーティングされている。藤井が刃を交えるプロドライバーは、過去にフォーミュラのトップカテゴリーやプロトタイプをドライブしていた者や、メーカーのファクトリードライバーが大半を占める。

「僕のライバルって、(アストンマーティン陣営内なら)ニッキー・ティームやマルコ・ソーレンセンなわけです。世界選手権のトップの、バッキバキのドライバーたちですよね。(ジャンカルロ・)フィジケラも速いし、トニ・バイランダー、マッテオ・カイローリ、ハリー・ティンクネルといった錚々たるメンバーがいるわけで、しかも彼らは(WECが開催される)世界のサーキットを毎週のように走っているじゃないですか。僕ら、どのサーキットもせいぜい2回目とかなので……だから大変なのですが、楽しいですね」

■WECの“通知表”と、セオリーとは逆の戦略を採る理由
 そんなハイレベルな戦いのなか、Dステーションでは藤井が決勝のスタートを担当し、みるみるうちに前車をパスして追い上げていく……というシーンが、ここ最近はレース序盤の“定番”ともなっており、WECの国際映像でも度々フィーチャーされる。

 これについては、Dステーションがあえて『王道とは逆』の戦略を採っていることが大きいようだ。その背景と狙いについて、藤井は次のように詳細を説明する。

「ブロンズドライバーでスタートしているチームは、序盤のセーフティカー(SC)やFCY(フルコースイエロー)に期待しているわけです」

「ただ、星野さんがそこに行くと、周りもみんなジェントルマンになってしまい、接触のリスクもあるし、ペースが上がらないんです。逆に星野さんは、周りがプロのときに『前のドライバーはシルバーで、何秒で走っていますよ』と言うと、いいペースで走れるんです。これは星野さんとの長い付き合いのなかで見つけたことです。ブロンズのペースに付き合うよりもシルバーの中の方が速く走れるので、星野さんが僕のあとのスティントに行ってもらうようにしていますね」

「ただ、僕がスタートすると言っても、簡単に抜けるほど周りのレベルは低くないです。はっきり言ってみんなうまいので、ぶつからないように抜いていくのは大変です」

 結果として周囲のチームとは逆の戦略を採ることになっているが、これは激戦のなかで表彰台、そしてあわよくば優勝を手にするための一種の“奇策”であり、「チャンピオンを目指すなら王道の作戦で、ブロンズでスタートするしかない」と藤井は言う。

「ただ僕らは総合力として見て、33号車(キーティング組)に勝っていないし、表彰台とかに行くためには、違うことをしなければいけない。そのためには、周りと同じ戦略ではだめなんです。(表彰台に上った)去年のモンツァもそうで、僕がスタートにいって、いいタイミングでFCYが出て……と、(ラッキーも絡んでの)“ワープ”が必要になるんです」

 前述のとおり、ブロンズドライバーがスタートに起用されるのには、序盤にSCやFCYが導入される可能性が高いからだ。1時間45分という最低運転時間(6時間レースの場合)が定められているWECでは、SCやFCYといった非競技化された時間帯に、この義務を消化したほうが効率がいい。

 だが藤井によれば、ブロンズドライバーがスタートを務めることには、もうひとつ大きな理由があるという。先に触れた、『アベレージラップでの評価』と『プロドライバー』の関係性だ。

「基本的に、プロはスタートをやりたがりません。なぜかというと、全員のアベレージラップのデータが出て、それが“通知表”になるからです。スタートのスティントで乗ったら、アベレージラップが遅くなる。だからプラチナ(プロ)は絶対に最後のスティントに乗るんです」

「スタートは一番暑い時間帯だし、他のクルマに引っかかる。一方で最後のスティントは路面がよくて、涼しくなって、タイムが出る。WECのミシュランタイヤってすごくて、1時間走り続けても、ガソリンが軽い最後のラップが一番タイムが出るんです。魔法みたいなタイヤなんですよ」

「自分の“点数”を考えたら、プロはスタートをやらないし、メーカー側も『うちのワークスドライバー、すごいだろ』と示したいので、そうなるようにしか乗せないんです」

「だからトラフィックだろうがなんだろうが、彼らは全開でくる。僕はヨーロッパでのチャンスを狙っているわけではないし、一番遅いゴールドになってしまうけど、それは別に恥ずかしくない。Dステーション・レーシングの結果が出れば、それでいい。だからこの戦略がハマる、という感覚を持っているんですよ」

 その藤井もモンツァではアベレージラップで、初めてティームを上回ったという。両ドライバーの習熟も進み、マシンの速さも磨かれつつある、というのがDステーション陣営のこの1年半の成果のようだ。

「戦略がどハマりして、いつか1勝したい。そして年に1回は表彰台に乗りたいですね」(藤井)

 来季以降のWECについては、LMDhやGT3の導入が控えるなかで、多くのエントリー希望が殺到している状況だ。参戦をめぐる競争率はすべてのクラスにおいて高くなっているものの、「確定ではありませんが、(2023年は)出られる可能性は高いと思います」と星野。将来のGT3時代に向けたチャレンジも気になるところだが、まずは地元・富士での走りに注目したい。