モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは、『ブガッティEB110』です。

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 ブガッティというと近年では、ヴェイロンやシロンといったハイパーカーとも称されるスーパースポーツカーで名が知られていることだろう。そのためモータースポーツとの縁はあまり感じられないかもしれない。

 しかし、創業者であるエットーレ・ブガッティが死去する1940年代までは、傑作とも呼ばれるグランプリレーシングカーを生み出していたことがある。

 その後、時代は流れてブガッティの名が再び復活した1990年代には、ル・マン24時間レースなどのGTカーカテゴリーに挑んでいたことがあった。その時、ベースとなったのが今回紹介する『ブガッティEB110』だった。

 ブガッティは1947年にエットーレ・ブガッティが死去した後、自動車メーカーとしてはほぼ活動を休止していたが、1980年代後半にイタリアを本拠地として工場を建設して復活。そして1991年、ブガッティの創業110周年を記念したスーパースポーツカーとして『EB110』は開発された。

 『EB110』は、カーボンモノコックシャシーを採用し、なんと4つものターボチャージャーで過給する排気量3.5リッターのV型12気筒エンジンをリヤミッドシップに搭載。レーシングカーとしての素質を感じさせるメカニズムを持つスーパーカーとして産声を上げた。

 そんなポテンシャルを活かして『EB110』は、レース活動を開始すると1994年のル・マン24時間レースにエントリーすることとなった。この参戦にあたって軽量版として登場した“SS”をベースに、もともと4WDだった駆動方式を後輪駆動へと変更する。

 これによって100kgほどの軽量化に成功したとされているが、それ以外は最低限のモディファイをした程度で、ほぼノーマルともいえるスペックでル・マンへと挑んだ。

 『EB110』がエントリーしたのは、GT1と呼ばれる市販GTカーをベースとしたGTカーカテゴリーの最高峰クラスであった。のちに過激化の一途を辿り、まるでプロトタイプカーのような車両が登場する、あのGT1である。

 そのGT1クラスで『EB110』は、24時間のチェッカーフラッグを受ける直前まで走り続けるが惜しくも完走することはできなかった。しかし市販車そのもののポテンシャルの高さを証明する意外な好走を見せたのだった。

 その後、『EB110』はアメリカのIMSAシリーズなどに参戦し、1995年にはGTカーレースであるBPRグローバルGTシリーズの1戦として開催された鈴鹿1000kmへと姿を現した。

 このBPR GTの鈴鹿戦に参戦した『EB110』は“SC”(スポルトコンペティツィオーネ)と呼ばれるモデルで、モナコの富豪であったジルド・バランカ・パストールのオーダーで誕生した700馬力もの出力を発揮する車両だった(鈴鹿戦の時はIMSAの規定により出力は610馬力程度だったとか)。

 この鈴鹿1000km戦で『EB110 SC』は、リタイアを喫すると翌1996年にはデイトナ24時間にもエントリー。しかし、そこでも目立った成績を残すことができなかった。するとほぼ同時期に復活したはずだったブガッティの経営が悪化し、倒産してしまう。そして、それとともに『EB110』のレーシングシーンでの活動も断たれてしまうことになったのだった。