F1第21戦ブラジルGP予選Q3の1回目のアタックを終えた直後に、ジョージ・ラッセル(メルセデス)がコースアウトして赤旗が出されたため、ピットレーンへ向かっていたケビン・マグヌッセン(ハース)は無線で、自分のポジションを確認した。すると、レースエンジニアから「君が暫定ポールポジションだよ」という信じられない答えが返ってきた。

「冗談だろ?」とつぶやくマグヌッセンに、「冗談じゃないよ。このまま予選が終わったら、今日は君がみんなに夕食をおごらなきゃならないな」と返事を送ったのが、現在マグヌッセンを担当しているマーク・スレードだった。

 2022年の開幕戦でマグヌッセンのレースエンジニアを務めていたのは、エド・リーガンだった。しかし、その後、リーガンが今シーズン限りでハースを去ることとが決定したため、チームは退職までリーガンにバンブリーのファクトリー勤務を命じ、夏休み明けのヨーロッパラウンドでは、ドミニク・ヘインズがマグヌッセンの担当レースエンジニアを務めていた。

 その後、シンガポールGPからマグヌッセンのレースエンジニアとしてチームに加入したのが、スレードだった。

 スレードは現在のF1界で最も経験豊富なエンジニアのひとりで、多くのトップドライバーたちと仕事をしてきた経験がある。1990年代にはマクラーレンに在籍しミカ・ハッキネンのレースエンジニアとして、2度のワールドチャンピオンに輝いた。その後キミ・ライコネン、フェルナンド・アロンソ、ヘイキ・コバライネンのレースエンジニアを務めたスレードは、メルセデスへ移籍。ミハエル・シューマッハーを担当した後、ロータスへ移籍してライコネンと再びタッグを組んで、2012年のアブダビGPで復活優勝に大きく貢献した。

 ロータスはその後ルノーとなり、現在はアルピーヌとして活動。昨年末を最後にスレードはアルピーヌを離脱していた。そのスレードに目をつけたのがハースだった。

 ハースにはスレードが仕事をしやすい環境が整っていた。それはかつて共に仕事した仲間がいたことだ。現在、ハースでエンジニアリングディレクターを務めている小松礼雄は、ロータス時代に一緒にレースエンジニアとしてしのぎを削った仲。またマグヌッセンは、担当はしていなかったが、ルノー時代に同じチームでレースをしてきた戦友だった。

 マグヌッセンもスレードも、マクラーレンとルノーに在籍し、さまざまな経験をしてきたという共通点がある。だから、赤旗の間に雨が降り始めて、事実上ポールポジションを手中に収めた後も慎重だった。スレードが「でも、まだ終わってはいないからな」と告げると、マグヌッセンも「まだ祝うのは早いからな」とチームに落ち着くよう言い聞かせていた。

 酸いも甘いも噛み分けてきたふたりが、土曜日のスプリントでどんな戦いを演じるのか期待したい。