マックス・フェルスタッペン(レッドブル)の圧勝に終わった2022年のF1。そこで生まれた“数字”についてのアレコレを全3回予定で考えてみたい。記録という枠だけにとらわれず、数字で考えられる部分を探っていこうという趣向だが、やはり数字の代表格は記録である。まず第1回はフェルスタッペンが樹立した年間最多勝記録に関する数字について、掘り進めていく。

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 F1におけるドライバー個人の年間最多勝記録は従来、2004年のミハエル・シューマッハー(当時フェラーリ)と2013年のセバスチャン・ベッテル(当時レッドブル)の13勝が歴代最高に並んでいた。2022年にフェルスタッペンは15勝をマークし、歴代最高記録を塗り替えている(13勝以上の記録は不思議と9年周期で誕生している。次は2031年か!?)。

 1950年を初年度とする、いわゆるF1世界選手権の歴史において、2022年までに年間ふた桁勝利(10勝以上)は4人によって計12回記録された。当然のことながら年間の開催レース数が多い21世紀の記録ばかりだが、11勝以上は9回で、同じく4人のメンバーによって刻まれている。F1における年間11勝以上は下記のとおり。

15勝:2022年マックス・フェルスタッペン
13勝:2013年セバスチャン・ベッテル
13勝:2004年ミハエル・シューマッハー
11勝:2020年ルイス・ハミルトン
11勝:2019年ルイス・ハミルトン
11勝:2018年ルイス・ハミルトン
11勝:2014年ルイス・ハミルトン
11勝:2011年セバスチャン・ベッテル
11勝:2002年ミハエル・シューマッハー

 ルイス・ハミルトン(11勝記録時はすべてメルセデス所属)の絶大な安定感と、この記録に関しては意外にも突き抜け切れていない面がクローズアップされるが、さて、昨季フェルスタッペンが勝利数を伸ばしていくなかで議題に挙がったのは勝率である。勝利数自体はレース数が多ければ伸ばしやすくなるが、年間勝率となると話は別。13勝のベッテル、シューマッハーを勝率でも超えられるか、というのがひとつの焦点になっていた。

 2022年のフェルスタッペンは22戦15勝で、その勝率は6割8分2厘(.682)。2013年のベッテルは19戦13勝で.684、2004年のシューマッハーは18戦13勝なので.722。フェルスタッペンは勝率では先輩ふたりを超えられなかった。あとひとつ勝って22戦16勝なら、勝率.727で、13勝の両先輩の上に行っていたのだが。

 それでは過去最高の年間勝率は2004年のシューマッハーで決まりかというと、これがそうともいえない。もちろん、レース数がひと桁だった時代もあるため、野球でいうところの規定打席数、あるいは規定投球回数(昨年はメジャーリーグの大谷翔平選手がダブル到達して話題に)といった概念も考慮しなければならないが、とりあえず横一線で比較してみる意味はあるだろう。

 ただ、ここでもうひとつ問題になるのが、勝率計算の分母をどうするか、である。

 勝率計算の分子は年間勝利数でいいとして、分母を『年間の開催レース数』とするか、『年間の出走機会』とするか、これで数字が違ってくるのだ。

 今の時代は全戦参戦が基本だが、黎明期は必ずしもそうではなかったし、インディ500が選手権戦に含まれていた時代(1960年まで)はそのレースに出ない選手も当然多かっただろう。それにインディ500のみ出走者は優勝すると1戦1勝でF1の年間勝率が10割という状況も存在し得る(これは明らかに規定打席数不足だが)。

 とにかく、出走機会で統計を取るとなると、非常に煩雑かつ不正確性を伴うことになってしまう。ちなみに大相撲では休場は番付編成の際には負けと等しく扱われるのが大原則。ここでは(目的は統計の正確さを優先するためだが)大相撲の精神にならって休場(不出走)はすべて負けと考えることにさせていただきたい。年間勝率の分母は『年間の開催レース数』とする(1960年まではインディ500も年間の開催レース数に含む)。

 いや、待てよ。そういえば2020年のハミルトンにはコロナによる欠場が1戦あった。大相撲では“コロナ休場”は番付据え置きとする基本措置があったりもしたが……。でも、ここではコロナでもなんでも欠場は負け扱いとしよう(ハミルトン、申し訳ない)。つまり2020年のハミルトンは16戦11勝(.688)ではなく、17戦11勝(.647)という扱いになる。

 そして年間勝率上位の『リスト入り』の前提は勝率5割超とする(5割以上ではなく5割超)。年間のレース開催数の半分を超える数の勝利を記録した者を抽出し、その勝率(勝利数/年間開催レース数)を計算した。年間レース数が偶数の場合の5割ちょうどの勝利数だった者は対象に含まれない。また、年間に2名以上の対象者が出ることは理論的にあり得ない話になる(※)。

(※草創期のマシン乗り継ぎ優勝があった時代には年間5割超の勝率を記録する者が複数出る可能性も存在したわけだが、今回の調べで該当する年は見当たらなかった)

■年間勝率5割超は22例。歴代最高年間勝率ドライバーと、時代背景を象徴した特徴も判明
 5割超の年間勝率は下記の22例。意外と多い!?

1952年 アルベルト・アスカリ 8戦6勝 .750
1953年 アルベルト・アスカリ 9戦5勝 .556
1954年 ファン・マヌエル・ファンジオ 9戦6勝 .667
1955年 ファン・マヌエル・ファンジオ 7戦4勝 .571
1963年 ジム・クラーク 10戦7勝 .700
1965年 ジム・クラーク 10戦6勝 .600
1969年 ジャッキー・スチュワート 11戦6勝 .545
1971年 ジャッキー・スチュワート 11戦6勝 .545
1992年 ナイジェル・マンセル 16戦9勝 .563
1995年 ミハエル・シューマッハー 17戦9勝 .529
2000年 ミハエル・シューマッハー 17戦9勝 .529
2001年 ミハエル・シューマッハー 17戦9勝 .529
2002年 ミハエル・シューマッハー 17戦11勝 .647
2004年 ミハエル・シューマッハー 18戦13勝 .722
2011年 セバスチャン・ベッテル 19戦11勝 .579
2013年 セバスチャン・ベッテル 19戦13勝 .684
2014年 ルイス・ハミルトン 19戦11勝 .579
2015年 ルイス・ハミルトン 19戦10勝 .526
2018年 ルイス・ハミルトン 21戦11勝 .524
2019年 ルイス・ハミルトン 21戦11勝 .524
2020年 ルイス・ハミルトン 17戦11勝 .647
2022年 マックス・フェルスタッペン 22戦15勝 .682

 編集部と共同で一生懸命調査した。全部拾えているとは思うのだが、なにせ人間のやること、万が一の漏れや誤認等あったら申し訳ないと言っておくしかないが、調査段階ではやはり、出走機会での統計は極めて困難であることが再確認された。

 たとえば1994年のシューマッハーは16戦8勝でリスト外なのだが、実は出場停止が2戦あり、出走機会の勝率は14戦8勝で.571になる。また、1960年のジャック・ブラバムも出走機会の勝率は8戦5勝で.625だったりするのだ(同年の年間開催レース数は10戦)。

 さて、5割超は22例もあったわけだが、そこから6割超(.600は含まれない)に絞ると、さすがに数は減り、8例になる。さらに絞って、「3回に2回以上勝っている(勝率.667以上)」を条件に厳選すると、下記6例が残るのみだ。

1952年 アルベルト・アスカリ 8戦6勝 .750
1954年 ファン・マヌエル・ファンジオ 9戦6勝 .667
1963年 ジム・クラーク 10戦7勝 .700
2004年 ミハエル・シューマッハー 18戦13勝 .722
2013年 セバスチャン・ベッテル 19戦13勝 .684
2022年 マックス・フェルスタッペン 22戦15勝 .682

 規定打席数の問題をさておいた場合、年間勝率の歴代最高は1952年のアルベルト・アスカリということになる。

 しかもアスカリはこの1952年、1戦欠場があり出走機会で見ると7戦6勝(.857)。しかも負けた1戦はわざわざ(?)出場したインディ500なのだ。つまり、“GP”に限ると1952年は6戦出走で6勝、勝率10割だったという見方も可能になるところが凄い(ちなみに1954年のファンジオは出走機会で見ると8戦6勝、勝率.750)。

 1952〜1953年は“世界ドライバーズ選手権”(当時はコンストラクターズタイトル創設前)が当時のF2規定で争われた時期で、アスカリとフェラーリは圧倒的な強さを誇った。

 アスカリは2年連続チャンピオンとなり、年跨ぎの7連勝(6+1)、1953年インディ500の欠場を抜いて考えた場合に出走機会9連勝(GP 9連勝)があった。これは2013年にベッテルが記録した数字と並び歴代最高タイということになる(ベッテルの9連勝は欠場などを挟んでおらず、開催レースをベースにした場合は単独最高記録)。

 今回の調査基準では2022年のフェルスタッペンの勝率は歴代5位である。もし、あとふたつ勝って22戦17勝だったら勝率.773、今回の調査基準においては時代を問わない歴代最高勝率になっていた。

 今季2023年の開催レース数は現時点で23戦の予定だが、1952年アスカリの勝率.750を超えるには18勝が必要になる(23戦18勝で.783、歴代1位。17勝だと.739で歴代2位)。

 最後に話が少し横道に逸れるが、勝率5割超のリスト22例において1972〜1991年の20年間がスッポリ抜け落ちていることは極めて特徴的ではないだろうか。

 一概には言えないにしても、混戦で面白かった時代であることの証明だと考えられる。そしてアラン・プロストとアイルトン・セナの名がリストのなかにないことにも尊さが感じられる。彼らは高次元で勝ち星を食い合っていたといえるわけだから(最も象徴的なのは1988年。セナ16戦8勝、プロスト16戦7勝でともに5割を超えられず)。

 2000年代後半がリスト落ちしていることも時代背景を象徴しているように思える。記録、数字とは、こうした事象を映し出す鏡でもあるのだ。