シーズン初めて450kmのレース距離で争われた2023スーパーGT第2戦『FUJIMAKI GROUP FUJI GT450km RACE』。5月4日の決勝では一度もフルコースイエロー(FCY)やセーフティカー(SC)が出ることのない展開のなか、GT500クラスは36号車au TOM’S GR Supra(坪井翔/宮田莉朋)が2番手以下に28秒の差をつけて独走優勝。約2週間前の開幕戦での大失態を取り返す快進撃をみせた。

 今年は、坪井翔と宮田莉朋というTOYOTA GAZOO Racing陣営のなかでもエース格のふたりがコンビを組んでいる36号車。開幕前から注目を集め、岡山国際サーキットで行われた第1戦では早速実力を発揮してトップ争いを展開。天候が目まぐるしく変わるなか、優勝の可能性を十分に感じさせる力強い走りをみせていた。

 ところが、終盤に降り始めた雨に対応してピットストップを行った際、左フロントタイヤが固定される前にジャッキが下ろされ、マシンが発進。すぐに走行不能となり、2コーナーでマシンを止めることとなってしまった。

 おなじトムスの37号車Deloitte TOM’S GR Supra(笹原右京/ジュリアーノ・アレジ)も、レース序盤でFCY(フルコース・イエロー)中にピットストップを行ったとして60秒ストップのペナルティで勝負権を失っていたこともあり、決勝を終えた後のトムスのピットは、どんよりとした空気が漂っていた。

 特に、タイヤ交換のミスで優勝や表彰台のチャンスを逃した36号車陣営は、御殿場の工場に帰ったあとも、重い空気に包まれていたという。

「(岡山でのリタイアは)引きずりましたけど……すぐにスーパーフォーミュラ(SF)の鈴鹿が迫っている状態だったので、僕はすぐ工場に行って『何が問題だったのか?』『何を改善すべきなのか?』というのを、SFに向けたミーティングをしながら、その話し合いもしました」と語るのは、当時36号車に乗り込んでいた宮田だ。

 昨シーズンもスーパーフォーミュラでは、好ペースで周回するも、タイヤ交換に手間取り順位を落とすという悔しい結果が続いていた。

 それもあり、今回は宮田から積極的にチームに働き掛けたが、すでにメカニックたちも『二度と同じ過ちは起こさないように』との改善策を打ち出していた。

「チームも同じことをしないようにという気持ちになっていましたし、改善策を見つけていたので、逆にチームを信頼してレースに臨むことができていました」と宮田。

「今回もチームのみんなが『信頼して良い』『ドライバーは(対策とかに気を回すのではなく)そのままでいてほしい』と言ってくださったので、それがある意味、僕の背中を押してくれました。本当にみんなが引きずることなく、絶対に同じ過ちをしないという、かなり士気が高い状態で臨めたのが良かったです」と続けた。

 スーパーGTでは、37号車の監督を務める山田淳氏は普段、トムス全体の現場オペレーションを担当している。今回の富士大会でも予選日から「ピットでのミスはしないように」と繰り返し強調してコメントし、岡山大会を終えた後のメカニックの落胆した姿を誰よりも近くで見てきた人物のひとりだ。

「ピットワークをやっている人は、どうしても(現実から)逃げられないので、そこをしっかりと考え直し、気持ちを入れ替えるというのが、みんな辛かったと思います。僕も(伊藤)大輔(36号車監督)も、彼らに声はかけましたけど……結局僕たちは“いるだけ”で、実際に作業をやるのは彼らです」

 ピット作業を行うメカニックのなかには、スーパーGTとスーパーフォーミュラを兼務している人もいるとのことだが、「鈴鹿のときも、みんな(精神的に)大変だったと思いますけど、しっかりとやり切ってくれて、そのときも優勝できましたし、今回も素晴らしい仕事をして、ドライバーふたりもしっかり走ってくれたので、完璧ですよね」と山田氏は語った。

■良いサイクルに入り「今回はパーフェクトだった」と伊藤大輔監督
 スーパーフォーミュラの鈴鹿大会ではミスなく終わらせ宮田の初優勝に大きく貢献したが、本当のリベンジを果たすためには、スーパーGTの第2戦富士でしっかりとピット作業を成功させなければいけない。事前の練習やトレーニングには、より一層力が入っていたと、36号車担当の吉武聡エンジニアは語る。

「普段から毎日練習していますし、それぞれジムにもいっています。富士の設営日にも、何度も(ピット)練習をしました」と吉武エンジニア。「たぶん、僕というよりもメカニックは相当プレッシャーがあったと思います。特に今回はトップでピットに入ってきて、トップで(コースに)出さなければいけませんでした。リベンジができたと思います。2回とも(ピット作業は)早かったでしたし、ドライバーも速かったので、もう完璧です。優勝できて嬉しいです」と、岡山でのレース後とは打って変わり、安堵の表情をみせていた。

 吉武エンジニアの話にも出たとおり、今回もトップ争いをしている緊迫した状況下のなか、タイヤ交換のメカニックは落ち着いて作業を遂行。さらにジャッキ担当も両サイドのタイヤ交換完了の確認を徹底して、最後のジャッキダウンを行っていた。

 まさに、メカニックの努力が実った瞬間でもあったのだが、重要な場面で落ち着いた作業を実現させた“他の要因”もあったという。

「(岡山で)ああいったことがあったので、プレッシャーはあったと思いますけど、落ち着いてできれば全然問題ないと思っていました」と語るのは、36号車の伊藤大輔監督だ。伊藤監督は改めてレースの流れを分析した。

「ドライバーもコース上でマージンをきっちり作ってくれて、それでメカニックたちにも少し余裕が出たところがあったと思います。僕も『(ピットの前には)十分にマージンがあるのだから、落ち着いていこう』とみんなに伝えましたし、そこでキチンとクルマを送り出すことができれば、今度はドライバーが落ち着いてコース上で戦える。すごく良いサイクルに入ったので良かったです」

「そういった意味で、みんながやりやすい状況をお互いが作り出していたのかなと思うので、今回はパーフェクトだったと思います」

 こうして、最終的には2番手以下に28.519秒差をつけて優勝を飾った36号車。スーパーフォーミュラを含め、最近は名門トムスらしからぬミスが見られていたが、岡山での失敗を乗り越えたことで、今後さらなる良い流れを呼び込んでいきそうだ。