【訃報】1966年から70〜90年代まで活躍した“走る歯科医”清水正智さん亡くなる
清水さんは高校生の頃からモータースポーツに打ち込み、レーシングドライバーを目指してきたが、一方で20歳で日本歯科大学に入学し、東京都新宿区などに歯科医を開業。1970年代からはストックカーレースに挑戦したほか、富士GCシリーズに参戦。1973年には30度バンクで多重クラッシュに巻き込まれ大怪我も負っている。
回復後も富士GCや全日本F2、さらに全日本F3000と活躍してきたが、マシンにはトライデント・シュガーレスガムやリステリンなど、歯に関するスポンサーのロゴが描かれ、ピンクのカラーリングは大きな注目を集める存在だった。
1995年まで全日本F3000に参戦したほか、その後もポルシェカレラカップ・ジャパンなどに参戦。レジェンド・レーシングドライバークラブの会員として、レジェンドカップ等のレースに挑戦するなど、モータースポーツへの情熱を燃やし続けてきた。また息子の清水剛さんもレース、歯科医と同じキャリアを歩んだ。
そんな清水さんだが、2022年ごろから持病が重なり、3週間ほど前から脳梗塞の症状が再発。5月20日に亡くなったという。5月25日には一日葬が行われる。
70年代から90年代まで、日本のレースには欠かすことができない存在だった清水さん。心から哀悼の意を表します。