ホンダが2026年からのF1参戦を正式に表明した。2023年シーズンはフェラーリやメルセデスを上回り、現在選手権2位と絶好調のアストンマーティン・アラムコ・コグニザント・フォーミュラ・ワン・チームに、パワーユニット(PU)をワークス供給するかたちでの活動となる。

 だがこのニュースを聞いて、モヤモヤした思いのファンも少なくないと想像する。なぜならホンダは2020年にF1の活動終了を表明しているのに、現在に至るまでレッドブル・グループにPUを供給し続けている。だったら2026年以降もその関係を続けるのかと思いきや、アストンマーティンと組むことを決めた。第三者の目には右往左往、右顧左眄の連続に見える。そのあたりの事情から、振り返ってみよう。

■2020年の活動終了後にF1の状況が変化。2026年の新PU規定で方針転換
 ホンダがF1活動終了を表明したのは2020年の秋だった。2050年までのカーボンニュートラル実現という全社的目標に向けて、F1の人的物的資源をそちらに振り向けるという理由からだった。一方でF1にかける莫大な予算が、本社の収益構造に負担となっていたことも事実である。

 ともに頂点を極めるはずだったレッドブルにしてみれば、梯子を外された思いだったはずだ。彼らはやむなく、パワーユニットの自社開発に乗り出すことを決めた。とはいえ自動車メーカーでもないF1チームが、そう簡単に高性能PUを作り出せるはずもない。2025年まで開発がほぼ凍結されたこともあり、ホンダはリソースを削減しつつ、レッドブル・グループへのPU製造、供給を続けることになった。

 その間にレッドブルは2026年に向けたPU開発を続け、フォードとのパートナーシップも締結した。フォードが担うのは主にバッテリー関連で、PUの中核領域はあくまでレッドブルの自前の技術ということだ。

 この流れからいけば、ホンダは2025年いっぱいでF1から去るはずだった。2020年の発表時も「活動停止」や「撤退」ではなく、「活動終了」という表現を使っていた。『もはやホンダはF1に戻ることはない』という意思表明からだった。

 ところがその間にF1を取り巻く状況が大きく変化し、それがホンダの方針転換につながった。「最も大きい変化が、2026年からの新PU規約でした」と、三部敏宏社長は語る。

「ICE(エンジン本体)とERS(エネルギー回生システム)による出力比が、ほぼ50:50になり、電動化比率が大幅に上がる。さらにカーボンニュートラル燃料の使用が義務付けられる。F1がホンダの目指す方向性と合致する、サステナブルな存在となったということです」

 一方で経済、経営的なふたつの状況変化も決して無視できない。ひとつがコストキャップ(年間予算制限)である。これまでF1チームだけが対象だったコストキャップが、新PU開発に関してはPUメーカーに対しても課される。具体的には、2025年までは9500万ドル(約128億円)、2026年以降は1億3000万ドル(約175億円)の予算上限が設定される。

 ホンダPUの具体的な開発費は公にされていないが、年間数百億円単位と言われる。三部社長が175億円というコストキャップについて、「かなり少ない数字」とコメントしていることからも、PU開発費が劇的に減り、ホンダの負担が非常に少なくなったことは間違いないだろう。

■アストンマーティンF1と組む“第5期”に負の要素なし
 もうひとつの変化は『アメリカ市場』である。これまでのホンダはせっかくのF1活動を、ブランド構築やマーケティングツールとして十分には活用してこなかった。しかし2026年以降は、「F1をはじめとするモータースポーツ活動を通じて、ホンダブランドを高めていく必要がある」と、渡辺康治HRC社長は言明している。ホンダの主要マーケットであるアメリカでは、F1人気がここ数年沸騰している。アメリカ市場の変化がホンダのF1復帰を後押ししたことは確かであろう。

 では、ホンダがPU供給パートナーとしてアストンマーティンを選んだ決め手は何だったのか。候補としては他に、マクラーレン、ウイリアムズもあった。

「勝利やタイトル獲得への情熱をもっとも強く感じた(チーム)」と三部社長は語る。「それに加え、新しいファクトリーを見せていただいたりして、人や物への投資、着実にステップアップしていく姿勢」も評価したということだ。一方のアストンマーティン側は、有力ドライバー、スターエンジニア、最新鋭ファクトリーと次々に手駒を充実させていくなかで、ホンダ製PUは「ジグソーパズルの最後のピースだった」(オーナーのローレンス・ストロール)ということだ。

 現在のアストンマーティンの勢い、財政上の安定感、技術的な層の厚さを見る限り、このチームが今後コンスタントに優勝を争う存在になることはほぼ確実と思われる。そこに現役最強PUを開発したホンダがパートナーとして組むのだから、前途は洋々に見える。

 渡辺HRC社長も、「2026年の初年度からタイトルを狙っていきたい」と抱負を述べていた。しかし一方で、「コストキャップにより、何よりも効率の良い開発が求められる。決して簡単な挑戦ではない」と自戒の姿勢も見せた。

 とはいえ、今後『ホンダF1第5期』と呼ばれることになるであろう2026年からのF1活動は、第4期ほどの悪戦苦闘にはならないのではないか。2015年からの第4期は、7年間という技術的空白を経ての復帰で、先行するメルセデスやフェラーリ、ルノーとの技術格差が大きすぎた。さらにパートナーのマクラーレンにも、かつての常勝軍団の面影はなかった。

 それらの負の要素は今回ほとんどないと言っていい。もちろん勝負の世界だから、想定外の事態にも見舞われ、思ったような結果を出せないこともあるだろう。それでも2026年からのホンダには、効果的なマーケティング活動も含めた、息の長いF1活動を期待したい。