2023年の全日本ロードレース選手権は、最終戦まで盛り上がりを見せ、激闘が繰り広げられた。そんななかST1000クラスには、世界での経験を積み、今もなおファクトリーチームで幅広く活躍する高橋巧がJAPAN POST HondaDream TPから初参戦し、注目を集めたシーズンとなった。

 高橋はST1000クラスにおいてはルーキーだが、その名が似つかわしくないほどの経歴を持っているライダーだ。2009年から2019までの11年間をJSB1000クラスで戦い、2017年には王者にも輝いた。その後は日本国内のみならず、スーパーバイク世界選手権(SBK)やブリティッシュスーパーバイク選手権(BSB)と海外で経験を積んだ。

 そして、2023年からは戦いの舞台を日本に戻し、ST1000クラスで戦っている。鈴鹿8耐では宇川徹氏に並ぶ最多タイ勝利数を5に伸ばし、さらにはMotoGPのマシン開発ライダーも務めていた彼は、代役も果たした。ファクトリーチームで戦っている印象が強い彼にとって、初のST1000クラスとファクトリーチーム以外で走らせるホンダCBR1000RR-Rにどのような印象を抱いて1年間を戦っていたのだろうか。

 まず、ST1000クラスの印象については「タイヤもワンメイクでマシンもほぼイコールコンディションというか、今はホンダ勢が調子良いですが、性能に特に大きな差はなくライダーの腕も試されるので、適応能力や柔軟性を問われるクラスですね」と語っていた。

 高橋が語るように、ST1000クラスはダンロップタイヤのワンメイクで、JSB1000に比べて改造範囲が制限されており、ノーマルに近い仕様で争われるのが特徴的だ。さらに初年度にチャンピオンに輝いた高橋裕紀、3連覇を達成した渡辺一馬、そして若手ライダーたちなど多くの実力あるライダーたちがしのぎを削っている。

 そのようなクラスで、高橋は開幕もてぎで、予選2番手を獲得するも決勝は5位で終えた。さらに第6戦オートポリスまでは5位止まりが続き、表彰台にわずかに届かないもどかしいレースが続いていた。

 高橋は「そこまで乗り換えは苦労していませんし、タイヤの特性はある程度わかっていますが、このクラスやマシンのパッケージにまだ上手く合わせ切れていません」と語った。

 1000ccのマシン経験や知識が豊富な彼を持ってしても、ST1000仕様のマシンにアジャストする難易度の高さが伺える。そのなかでも第7戦岡山では先頭を走るライダーたちの転倒が相次いだこともあり、今季初の2位表彰台を獲得。しかし、「完全に棚ぼただった」と厳しい評価も語る高橋は、“彼ならではの悩み”を抱えていたようだ。

「やはりファクトリーで出来ていたことを求めても、ストック車両のST1000クラスはそこまで出来ないので、そこをうまくライダーが合わせないといけないのはわかっていますが、求めてしまいます」

「出来ない部分まで求めてしまっているので、それが結果にも表れているという感じですね。今までずっと鈴鹿8耐を含めてファクトリー車しか乗ってこなかったので、やはり良いものに乗り過ぎたという感じですね」

 経験豊富な上、ファクトリーチームで戦い続けている高橋だからこその悩みであり、そのことがネックになっていたようだ。そのような状況を抱えつつも「最後ぐらいはなんとかしたい」という思いを持って、最終戦に挑んだ。

 第8戦鈴鹿の予選では、上位勢が中盤までにタイムを出し終えるなか、高橋は終了ギリギリまでアタックを行う「悪あがき」をして意地の4番手を獲得。そして決勝は、チャンピオンを争う上位勢が続々と転倒を喫する波乱のレースとなった。その中で先頭に踊り出た高橋に、王座獲得の可能性が巡ってくる。

 高橋がトップでチェッカーを受けることができれば、ST1000のチャンピオンに輝けるという状況だった。しかし、2番手を走っていたチームメイトの高橋裕紀の転倒に巻き込まれ、そのわずかな可能性は途絶えてしまった。シーズン締めくくりをリタイアで終えることとなった高橋は、「不甲斐ない結果でしかない」と振り返った。

 さらに「最後くらいは良い結果で終わりたかったのですが、これもレースなので、切り替えてまた来年に向けて準備しようと思います」と続けた。1年目は高橋ならではの悩みを抱えながらも、自身の経験を活かしてファクトリーチームで戦うライダーの意地を見せて戦い続けた。そんな彼が、全日本ロードにおける1000ccクラスダブル制覇を達成する瞬間は、そう遠くないのかもしれない。