モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは、世界耐久選手権/世界スポーツプロトタイプカー選手権を戦った『ジャガーXJR-6』です。

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 1988年のル・マン24時間レース。このレースで、それまで1982年のグループCカー時代の幕開けより勝利を重ねてきたポルシェ956/962Cの連覇記録が6でついにストップした(1981年のグループ6カーであるポルシェ936/81での記録を含めると連覇記録は7)。そのポルシェの連覇記録を止めたのがXJR-9を走らせたジャガーだった。

 1984年までジャガーはプロトタイプカーレースには、グループ44の手でアメリカのIMSAに参戦するのみであった。そして1985年、新たにグループCカーを開発し、世界耐久選手権(WEC)に新規参入した。このときのマシンがXJR-6である。

 XJR-6はグループCカーレースに興味を示したジャガーが、それまでグループAツーリングカーレースにおいてジャガーXJSで戦果を上げていたトム・ウォーキンショウ・レーシング(TWR)に依頼して製作したマシン。デザイナーはトニー・サウスゲートが務めていた。

 このマシンの最大の特徴は、カーボンモノコックを採用したことだった。この時代、最強だったポルシェ962Cなどはアルミモノコックを基本としており、当時としては先進的であった。

 そのモノコックにはターボではなく、6.2リッターV型12気筒という大排気量NAエンジンを組み合わせた。このエンジンはジャガーXJS時代のノウハウを使って開発されたものだった。

 その後、誕生したXJR-6は1985年のWECに送り込まれたが、同年は目立った戦績を残すことはできなかった。

 しかし、1986年にはXJR-6は大きく進化を遂げる。軽量化を進めたほか、エンジンの排気量を6.5リッターへと拡大して改良を施した。すると世界スポーツプロトタイプカー耐久選手権(WSPC)のシーズン第2戦であるシルバーストン1000kmで初優勝を記録。年間のチームランキングでも3位に入る活躍を見せた。

 このようにジャガーは年ごとに戦闘力を高めていき、絶対王者であるポルシェを徐々に追い詰めていくのだった。