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 プロ野球のレギュラーシーズンが、今年も開幕した。昨季は松田宣浩内野手(ソフトバンク)の300本塁打、涌井秀章投手(楽天)150勝などの通算記録が達成。今季は中島宏之内野手(巨人)の通算2000安打、本塁打数で単独の歴代14位に浮上した中村剛也内野手(西武)などは、さらなる記録更新にも期待がかかっている。
 
 ここでは、各カテゴリのNPB歴代最高記録ランキングトップ10を紹介していく。今回は、通算打率編。(※4000打数以上の選手が対象、成績は2022年5月12日時点)

 

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第10位:小笠原道大 打率.310(6828打数2120安打)


投打:右投左打
身長/体重:178センチ/84キロ
生年月日:1973年10月25日
経歴:暁星国際高-NTT関東
ドラフト:1996年ドラフト3位
 
 暁星国際高、NTT関東を経て、1996年ドラフト3位で日本ハムに入団した小笠原。真骨頂は豪快なフルスイングだったが、非凡な打撃センスで高打率を残し続けた。
 
 入団後は捕手としても出場していたが、3年目の99年に内野へ本格コンバート。同年は全135試合出場を果たすなど飛躍のシーズンとなった。2002年には打率.340で初の首位打者となると、翌03年にも打率.360で2年連続のタイトルを獲得。在籍10年間で首位打者、最多安打2回、最高出塁率1回など数多くの打撃タイトルを手にした。06年には打率.313、32本塁打、100打点をマークし、本塁打王、打点王、最優秀選手(MVP)を受賞。チームを44年ぶりの日本一に導いた。

 オフにはフリーエージェント(FA)権を行使し、巨人に移籍。移籍初年度から打率.313、31本塁打、88打点と期待に応え、リーグを跨いで2年連続となるシーズンMVPに輝いた。以降も中心打者として活躍していたが、11年からは出場機会が減少。14年からは中日へ活躍の場を移し、2年間プレーした。

第9位:落合博満 打率.3108(7627打数2371安打)

投打:右投右打
身長/体重:178センチ/82キロ
生年月日:1953年12月9日
経歴:秋田工-東洋大-東芝府中
ドラフト:1978年ドラフト3位
 
 秋田工、東洋大、東芝府中を経て、1978年ドラフト3位でロッテに入団した落合。神主打法から広角に長短打を打ち分ける唯一無二の打撃で、歴代最多となる3度の三冠王に輝いた。
 
 プロ入り後2年間は成績が伸び悩んでいたが、3年目の81年に三塁のレギュラーへ定着し、打率.326で首位打者のタイトルを獲得。翌82年には打率.325、32本塁打、99打点をマークして史上最年少(28歳)で三冠王に輝いた。以降も目覚ましい活躍を続けた落合。85、86年の2年連続三冠王をはじめ、主要打撃タイトルをほしいままにした。

 87年からはセ・リーグの中日へトレード移籍。在籍7年間で首位打者の受賞はなかったが、3度の最高出塁率、2度の本塁打王と打点王に輝いた。94年からは巨人に移籍し、ベテランらしい打撃で存在感を発揮。97年から2シーズンは日本ハムでプレーした。

第8位:与那嶺要 打率.3110(4298打数1337安打)

投打:左投左打
身長/体重:175センチ/82キロ
生年月日:1925年6月24日
経歴:フェリントン高-ハワイ朝日-米マイナー
 
 1951年に巨人へ加入したアメリカ合衆国出身の与那嶺。当時は外国人枠の規定がなかったが、戦後初の外国人選手としてその礎を築いた。
 
 途中加入となった同年は、54試合の出場ながら打率.354、26盗塁の成績を残すと、以降は主にチームのリードオフマンを担い、俊足巧打のプレースタイルで7年連続打率3割をクリアした。54年には打率.361で初の首位打者に輝き、56、57年にも2年連続でタイトルを獲得。特に打率.343をマークした57年はリーグ優勝に大きく貢献し、最高殊勲選手(現最優秀選手・MVP)も受賞した。

 その後、成績が低迷した60年限りで巨人を退団。61年からは中日で2年間プレーした。

第7位:川上哲治 打率.313(7500打数2351安打)

投打:左投左打
身長/体重:174センチ/75キロ
生年月日:1920年3月23日
経歴:熊本工
 
 プロ野球創世記を彩った“打撃の神様”、川上。背番号「16」は、巨人の永久欠番に制定されている。
 
 1938年春に投手として入団し、41年まで二刀流を継続。打撃では39年に打率.338で初の首位打者を獲得すると、41年には打率.310、57打点の成績で首位打者と打点王、最高殊勲選手(現最優秀選手・MVP)に輝いた。

 その後は第二次世界大戦の影響を受け、42年を最後に野球から離れていたが、46年に球界復帰。ブランクを感じさせない打棒を見せ、不動の4番打者としてチームを牽引した。また、打率.377で首位打者とMVPを手にした51年は、424打席でわずか6三振と驚異のコンタクト能力を発揮。実働18年で首位打者5回、打点王・MVP3回、本塁打王2回など数々の主要タイトルを複数回受賞した。

第6位 ブーマー 打率.317(4451打数1413安打)

投打:右投右打
身長/体重:200センチ/100キロ
生年月日:1954年4月25日
経歴:オールバニ州大-ブルージェイズ-ツインズ
 
 主に阪急(現オリックス)で活躍した“怪人”ブーマー。NPBでは実働10シーズンで通算277本塁打を記録。8度の打率3割超えなど柔らかさも兼ね備え、右打者ではトップの通算打率を誇る。
 
 加入1年目の83年から打率.304と結果を残すと、翌84年は打率.355、37本塁打、130打点と圧巻の数字。最優秀選手(MVP)、外国人選手初の三冠王(打率・本塁打・打点)に輝き、チームをリーグ優勝に導いた。

 以降も中軸として打線の中心を担ったブーマー。オリックス・ブレーブスに球団名が変わった89年には、“ブルーサンダー打線”の3番打者として打率.322、リーグ最多の165安打(※当時最多安打の連盟表彰なし)、40本塁打、124打点を挙げ、首位打者と打点王の打撃2冠を受賞した。しかし、翌90年はけがの影響で46試合の出場にとどまると、91年は打率3割をクリアするなどまずまずの結果を残したが、同年限りで退団。92年はダイエー(現ソフトバンク)でプレーした。