■ヤクルト戦で頭部死球を受け入院
 
 巨人に入団した「クロウ」ことクロマティは、日本球界初年度の1984年は打率.280、35本塁打、93打点と活躍。チームは3位と優勝できなかったが、初年度から日本球界で通用する姿を見せつけた。
 
 そして、86年に絶好調だったクロマティは、広島と優勝争いをしていた10月2日の神宮でのヤクルト戦で頭部死球を受け、病院に搬送。入院を余儀なくされた。
 
 病院で一晩過ごし、球団からは「家で静養していてください。野球場に来る必要はない」と言われ、元気だったが仕方なく帰宅したという。
 
 しかし、そこで自分に問いかけた。「やっぱり試合に行く。自分は大丈夫だ」
 
 神宮に向かうと、チームメイトは驚いた様子で、「クロさん、なんでここにいるの?大丈夫?」と質問攻めに。さらに王貞治監督にも「なんでここにいるんだ。家に帰れ」と命令されたという。
 
 しかし、クロマティが大丈夫だと主張すると、王監督はスタメンに入れないことを条件にベンチで試合を見ることを認めた。
 
 「オーケー、でも王さん、僕の名前を必要になるかもしれないから“念のために”ラインナップに書いておいてください。ちゃんと準備できていますから」
 
■劇的! 代打で満塁本塁打
 
 神宮は大好きな球場と語るクロマティ。その日の巨人は序盤では負けていたが、徐々に追い上げ、「チャンスがあるかも」と思うようになったという。
 
 そして、舞台は6回表で満塁。王監督に準備万端のサインを送った。クロマティが走ってベンチから出るとファンは大興奮で、球場が沸いた。
 
 相手投手は尾花高夫氏。「尾花さん大好き」と得意だったことを明かし、「尾花さん、ノー元気ね。私を見て、明らかに元気が無くなっていました」と当時を振り返った。
 
 代打として出場したクロマティは、真ん中に来た球を思い切り叩き、打球はバックスクリーン左側へ一直線。代打満塁本塁打を放った。
 
 ダイヤモンドを回り、本塁をしっかりと踏んだ。王監督と抱き合って喜びをかみしめた。ふとチームメイトを見ると4人ほどの選手が涙を流していた。その光景が衝撃で、通訳に理由を尋ねると「あなたが今やったことは信じられないことです」と言われたという。
 
 「この日が、私がチームメイト、日本、日本のファンに受け入れてもらった」と語ったクロマティ。「本当にとてもとても大きな夜でした」と思い出をかみしめた。