◆ プロ5年間の通算防御率は驚異の「2.30」

 巨人に久々の“絶対的エース”が誕生しつつある。

 22日に横浜スタジアムで行われたDeNA戦。先発した菅野智之は8回3安打、10奪三振の無失点投球で両リーグ最速の2ケタ到達となる10勝目を挙げた。

 これで勝利数のほか、防御率(2.05)、投球回(118回2/3)、完投数(4)、完封数(3)がリーグトップに。奪三振(110)も1位のメッセンジャーに次ぐ2位。このままいけばキャリア初の最多勝のタイトルも視野に入ってくる獅子奮迅の活躍ぶりだ。

 すでにその安定度は現在の球界随一と言っても過言ではないだろう。プロ5年目で通算117試合・815回2/3を投げ、防御率は2.30。ちなみに、2年前まで同じセ・リーグで“名勝負数え唄”と呼ばれる緊迫の投手戦を繰り広げていた前田健太(現ドジャース)は、広島在籍8シーズンで通算防御率2.39。田中将大(現ヤンキース)でさえ、楽天での7シーズンで菅野と同じ防御率2.30ということからも、その数字の凄さが分かる。


◆ 巨人軍エースの系譜

 平成以降では斎藤雅樹、桑田真澄、上原浩治、内海哲也らが名を連ねる『巨人エースの系譜』。今季序盤、菅野が3連続完封勝利を達成したときにセ・リーグ28年ぶりの快挙と話題になったが、菅野の前の達成者は1989年の斎藤雅樹だった。この年の斎藤は20勝7敗、率1.62という驚異的な成績で投手タイトルを独占。しかも245イニングを投げて21完投、7完封という分業制が確立した現代では考えられない凄まじい投げっぷりだ。

 ちなみにその前年、プロ6年目の斎藤は中継ぎとして38試合に登板。6勝3敗で防御率1.89とそれなりの数字を残したが、メンタルの弱さを度々指摘され、伸び悩んでいる若手投手の1人という印象だった。今の巨人で言えば、宮国椋丞や高木勇人のようなポジションである。

 それが恩師・藤田監督の2度目の監督就任で開花。もしも、宮国が突然20勝したら…と考えると、当時の斎藤のブレイクの衝撃度が分かるというものだ。

 80年代のチームを支えた江川卓・西本聖の2本柱が去ったあとのローテの柱として通算180勝96敗、防御率2.77をマーク。11連続完投勝利と3年連続開幕戦完封はフ?ロ野球記録。最多勝5度、最優秀防御率3度獲得はそれぞれセ・リーグ記録として今も破られていない。


 この斎藤ともに90年代のチームを支えたのが、87年から6年連続2ケタ勝利の桑田真澄だ。“史上最強のローテ3番手”と言われた槙原寛己とともに、どうしても平成の大エース・斎藤の影に隠れがちだったが、94年には14勝を挙げてMVP受賞。あの中日との同率優勝決定戦『10.8』の胴上げ投手にもなった。

 桑田と言えば、甲子園歴代2位タイの6本塁打(1位は清原和博の13本)の打撃の良さが有名。94年は打率.288をマークし、2000年にはなんと打率.316と攻撃的9番打者とも言える打撃成績を残している。今季の菅野(打率.281/32打数9安打)の9番打者としての働きも、巨人の打てるエースの系譜に当てはまる。


◆ 菅野が目指すべきもの…

 そんな菅野の目指すべきモデルケースは、やはり背番号19の先輩・上原浩治ではないだろうか。

 大学受験時に1浪している上原と、ドラフト時に1年間の浪人生活を送った菅野のプロ入り年齢は同じく23歳の時。1年目から20勝を挙げ投手4冠に加え、さらに「雑草魂」で流行語大賞を受賞とたったの1シーズンで名実ともに斎藤や桑田からエースの座の世代交代に成功する。

 翌00年からは7年連続の開幕投手を務め、WBCでも主戦投手として働き、21世紀初頭の絶対的エースとして君臨した上原。巨人で10年間プレーしたのち、08年オフにFAで念願のメジャー移籍。42歳となった今もカブスで投げ続けている。菅野は順調に行けば2021年中に海外FA権を取得することになるが、果たしてその決断はいかに…。

 そして時は経ち、11年と12年に2年連続最多勝を獲得した内海哲也から、現代の巨人のエースの座を継承したのが菅野である。気が付けば、自身が入団した頃の内海のような立ち位置で27歳右腕は投げているわけだ。こうして見ると、なかなか若手が出てこない野手陣とは対照的に『巨人のエース』の世代交代は異様にスムーズにいっていることが分かる。

 個人的に、今季の菅野には「沢村賞」を期待したい。斎藤は3度、上原は2度、桑田も1度、皆それぞれ受賞経験のある日本を代表する先発投手へ送られるタイトル。

 いわば沢村賞獲得が巨人の絶対的エースへの最後の関門とも言えるだろう。



文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)