◆ 後半戦は14勝4敗、あの黄金時代を彷彿とさせる強さ

 辻西武が強い。

「黄金時代の91年以来26年ぶりの12連勝」「西鉄時代以来59年ぶりの13連勝」

 そんな派手な見出しがスポーツ新聞を飾る2017年の夏だ。西鉄時代はあの伝説の鉄腕・稲尾和久が絶対的エースとして君臨、打線は豊田泰光や中西太といった野武士たちが猛威を振るった。

 日本シリーズ連覇の91年は秋山幸二・清原和博・デストラーデの“AKD砲”で計97本塁打(デストラーデは本塁打と打点の二冠)、さらに工藤公康は16勝3敗で最優秀勝率、郭泰源が15勝6敗でMVPに輝き、渡辺智男は防御率2.35で最優秀防御率のタイトルを獲得した。当時の小学生の間では『ファミスタ』でライオネルズ使用禁止のローカルルールができるほどの圧倒的な強さである。

 ちなみに『週刊プロ野球セ・パ誕生60年 1991年』(ベースボール・マガジン社)を確認すると、この91年オールスター第1戦の始球式は当時人気絶頂の若花田と貴花田の“若貴兄弟”が務め、リーグ優勝を飾った広島カープの4番打者西田真二は空席の目立つ本拠地でファンに向けて「広島市民球場にいらしてください」と現在の満員御礼が続くマツダスタジアムの風景からは想像できないようなコメントを残している。

 26年前、黄金時代真っ只中の西武ライオンズで「1番セカンド」を務め、名将・森祇晶監督がリーグ優勝決定直後に「MVPを僕が選ぶとしたら辻」と称賛の言葉を送ったのが現監督の辻発彦である。

 昨季は64勝76敗3分けだったチームが、辻体制の1年目は97試合で57勝38敗2分けの快進撃が続いている。西武を蘇らせた辻新監督はいかなる監督哲学を持っているのか? 今回はそのヒントが隠されている2012年8月に発売された『プロ野球 勝ち続ける意識改革』(辻発彦/青春出版社)という一冊の本を読み解いてみよう。


◆ 辻発彦が名将から学んだ「理想の監督像」の数々

 「もしも、自分が監督だったら、絶好のチャンスでヒットが出れば、身を乗り出して声をあげ、絶体絶命のピンチで投手が相手打者をピシャリと抑えれば、ついガッツポーズが出てしまうだろう。もちろん監督となれば、感情を押し殺して冷静に対処する必要があることは分かっているが、私は選手と一緒になって一喜一憂し、選手と一緒になって戦うタイプになるだろうと思っている」と自身の未来を予言するかのような記述も見られるこの本は、時期的に中日コーチを契約満了で一時退団した直後に書かれたものだ。

 辻は冷静沈着な落合博満監督のもとで二軍監督を務めていたときに選手との距離感を学んだという。「一歩引いて、ちょっと一呼吸置いて、ものをいうコツ」である。昔とは違い繊細な若い選手たちに「カ〜ッときてもいきなり感情をぶつけるのではなく、一呼吸おき、アタマの中を整理してからものをいうように意識した」と中間管理職の鏡のような考えに辿り着く。

 有望な若手選手がいると、時に手柄が欲しいコーチの間で取り合いになることもある。当然、それぞれ言っていることが違えば経験の少ない若者はパニック状態になってしまう。辻はまず選手本人の意向を確かめ、その上で各コーチ陣の話をまとめて指導の方向性を決定。結果が出なければ次は違う方法を試すやり方を徹底させた。「選手は自分で努力して、勝手に成長する。コーチはその手伝いでしかない。ヒントを与えて、あくまで成長の手助けをするだけ」というスタイルである。


◆ いつも前向きで、西武ライオンズを愛する男

 新人選手に対する見立ても興味深い。「入団してきた選手はみんな、金の卵である。その意味では、監督はルーキーを差別しない。ただし、区別すべき特別な選手がいる」とまるで今季のドラフト3位遊撃手・源田壮亮の抜擢を予感させるかのような言葉の数々。

 辻は自身の現役時代のルーキー清原和博の育て方を見て学ぶ。評論家だけでなくコーチ陣からも新人は二軍でしばらく鍛えた方がいいという声が挙がったものの、堤義明オーナーの意向に加え一軍で使い続けた方が伸びると判断した森監督は清原を一軍で「区別」して起用するのだ。

 辻はそんな森采配を尊敬し、同時に前任者のそのスパルタ指導でベテラン陣からは嫌われていた広岡達朗監督にも「あの厳しさが私を鍛えてくれた。もしも最初からぬるま湯につかっていたら…。若い頃の苦労は買ってでもしろというのは、やはり本当だと思う」と感謝すら書き残している。この異様なポジティブさこそ辻の最大の武器だろう。ちなみに5日に13連勝が止まった試合後コメントはチームの善戦を称える「俺は楽しかった」である。

 若手時代は広岡管理野球、全盛期の森西武、晩年はヤクルト野村克也のもとでもプレーした。著書ではなんら愚痴ることもなく、そのノムさんと高度な野球理論を楽しみ、中日コーチ時代に仕えた落合博満監督に対してもオレ竜の決断力を絶賛。決して彼らをディスらず、歴代名将たちの短所ではなく、いつも前向きに長所を見て吸収してきた男。

 数年前、評論家時代の辻は自宅が近いこともあり、西武球場や西武第二球場にもちょくちょく顔を出していたという。そこで泥にまみれる無名の若手選手たちを見て、ルーキーだった頃の己の姿を重ねるのだ。

 もしかしたら、誰よりもあの頃の“強い西武”を取り戻したいと願ったのは、辻発彦その人だったのかもしれない。


文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)