学童野球において「勝利至上主義」という言葉を聞くようになって久しいように思います。この言葉の捉え方は人ぞれぞれで正確な定義はありません。敢えて定義するならば「子どもの健康や将来よりも目先の勝利を優先する指導」「フェアプレー精神よりも試合に勝つことを上位概念に置いている指導」ということになるのかもしれません。批判の対象になることも多いですが、そういったチームを求める子どもや親も多くいるのが現実です。一方で最近では「脱・勝利至上主義」を掲げるチームも増えてきました。そんなチームの一つ、埼玉県熊谷市にある熊谷ドリームスを取材しました。



■異色のチームが誕生したきっかけ
「チームができたのは2009年です。長男が所属していた学童チームが強豪で朝から晩まで野球漬けのいわゆる『勝利至上主義』のチームでした。ですので、次男は『がんばれ!ベアーズ』みたいな感じのチームに入れたんです。いいチームだったのですが次第に上手い子達が入ってくるようになると『全国を目指すぞ!』という風に方向転換してしまったんですね、監督も変えて。息子も次第に体が痛い、足が痛いと訴えるようになり、このままでは体を壊してしまうし、嫌な思いをした長男の時の二の舞になると思いチームを辞めたんです。
そんなとき、いろんな縁があって今日練習したこのグラウンドを地域のために土日に有効活用できないかというような相談を地域の方から受けまして、だったらここで子ども達に野球を教えようということになったんです」



チーム結成のいきさつを説明してくれたのは監督の高橋雅彦さん。
結成当時は息子さんと友達の2人だけのスタートでしたが、今ではその独特の指導方針に惹かれて子ども達が集まり30人の部員を抱えるまでなりました。それでもチームは地域の連盟には加盟していません。その理由について高橋監督は次のように話してくれました。
「発足当時は連盟に加盟するとか大会に出るということは全く考えていませんでした。でもしばらくすると『どうやら大会というものがあるらしい』と子ども達が聞きつけてきて(笑)。子ども達が『僕たちも出てみたい!』ということで連盟に相談に行ったんです。「弱くても加盟できますよ。この団体は健全育成でやっていますから、どうぞどうぞ」と言っていただいて安心して一度は加盟したんです」



しかし、いざ大会に参加してみると、大人達の怒声、罵声が飛び交う「健全育成」とは言い難いひどい光景が広がっていたと言います。
「当時は女の子がサードを守っていたのですが、三塁側の相手チームがその子をまるでいじめのようにずっと野次り続けるんですね。ピッチャーに対しても執拗に『ボーク!ボーク!』と野次ったり、エラーした子を馬鹿にしたりとか。そういうことが続いたので事務局にも抗議したのですが聞き入れてもらえませんでした。結局そういった環境が子ども達の心の成長に悪影響を及ぼすと判断し連盟を抜けることにしたんです」


■子ども達の心の拠り所となるチームに
熊谷ドリームスの練習メニューは子ども達に委ねられています。監督、コーチはほとんど指示も出しません。しかし、誰に強制されたわけでもなく6年生達が下級生達をひっぱり練習は進んでいきます。そこには大人達の怒声も罵声もなく、あるのは子ども達の笑顔と笑い声だけ。遊びと練習の境界も曖昧で、大会の優勝や全国大会を目指すチームからすれば遊んでいるように映るかもしれません。



しかし、高橋監督はそれでいいのだと言います。なぜなら目標にしているのは試合に勝つことではなく「子ども達に野球を好きになってもらうこと」だから。それは「野球を好きになれば子どもたち自身で努力するようになる」という信念を持っているから。
そして何よりも、「助け合い」「協力し合い」「教え合い」「認め合う」ことを子どもたちに大事にしてもらいたいから。

楽しいだけの野球では子どもが中学に上がってから苦労するー

そんな批判的な声を聞こえてきそうですが、中学ではむしろ率先してリーダーシップを発揮する卒団生が多いと高橋監督は言います。
「自由にやらせていますけど自分で考えて行動する習慣が身についていますから、中学に上がって苦労するということはほとんどないと思います」



そしてこんな話をしてくれました。
「以前にある有名プロ野球選手のメンタルトレーナーをされていた方から『安全空間』という言葉を教えていただきました。小さいころに自分が大切にしてもらった経験や場所があるとそれが心の拠り所になるそうです。心の拠り所があると辛いことや困難なことがあっても乗り越えることができるのだと。うちのチームはよくOBが訪問してくれるのですが、OBが小さい子の世話をしている姿などを見ると、自分が大切にしてきたことが身についたのかなと思い嬉しくなりますし、彼らにとってこのグラウンドとチームが『安全空間』になっているのかなと思いますね」


■スポーツの持つ本来の意味
最後に高橋監督に監督をしていてもっとも印象深かったことを聞いてみました。
「数年前、6年生が10人いて最後の試合を迎えたんです。うちはポジションも打順もすべて子ども達が決めるのですがキャッチャーがいつも決まらないんです、人気がなくて(笑)。するとある子が『最後の試合だからオレがやる』と率先して手を挙げてくれました。また、どうしても一人はベンチになるのですが、ある子が『自分が1番練習を休んだからベンチでいいよ』と言ったんです。そしたらセカンドの子が『だったら途中で自分と代わろう』と言ってくれて。ずっと大事にしてきた『競争よりも協力』ということを子ども達が実践してくれましてね。それが指導者をやっていて一番印象深かったですね」



『あのプロ野球選手の小学生時代』(花田雪/宝島社)という本があります。その中で柳田悠岐選手(福岡ソフトバンクホークス)は少年野球の指導者に向けてこう言っています。

「一番は、子どもたちを笑顔にさせてくださいということですね。子どもたちがいかに野球を楽しめる環境を作るか。『教える』というより『サポートする』くらいのほうが、少年野球には合っていると思います。野球が楽しければ、自然とうまくなりたいと思うようになって、勝手にいろいろ聞いてくると思うんですよね。教えるのはその時でいい。少年野球の指導者と子どもの関係性って、そのくらいがちょうどいいのかなと思います」

柳田選手はまた「小学生のころは、怒られた記憶がない」「試合でミスをしても何かを言われたことはなかった」とも語っています。柳田選手の小学生時代に所属した少年野球チーム(西風五月が丘少年野球クラブ)もまた「選手に野球を好きになってもらう」ことを大前提に活動しているチームだったそうです。



スポーツという言葉の本来の意味は「気晴らしや遊び、楽しみ、休養」です。
少子化の8倍のスピードで少年野球人口が減少している現在、スポーツが本来持つ意味について、少年野球の現場はもう一度考えてみる必要はないでしょうか?

熊谷ドリームスの子ども達の笑顔を見ていると、そんなことを思わずにいられませんでした。

【取材後日談】
取材原稿を高橋監督にチェックしてもらった数日後、「どうしても載せて欲しいことがある」と連絡をいただきました。
高橋監督のお人柄がよく表れているので、追加で頂いた文面をそのまま掲載させていただきます。

「熊谷ドリームスの自慢、それは今ここにいる子ども達はもちろんですが卒団していった全ての子どもたちです。
それから人としてもコーチとしても心から信頼している森稔幸コーチ、齋藤彰宏コーチです。このお二人のおかげで今までチームを続けてくることができました。チームの自慢とともにとても感謝しています」

(取材・文・写真:永松欣也)