◆ 阪神・藤川に迫る金字塔

 プロ野球の2020年シーズンも、開幕から1カ月以上が経過。各チームの残りの試合数も気が付けば100試合を切っている。依然として混戦模様が続いている中、順位の争いと並行して注目を集めるのが“各選手の記録”だ。

 
例えば、開幕前から注目が集まっていた「名球会入り」ラインの大記録で言うと、阪神の藤川球児がNPB通算250セーブまで残り「9」でスタート。その手前の目標、残り「7」ではじまった日米通算250セーブと合わせて、楽しみにしていたファンも多くいたことだろう。

 ところが、今季はなかなか状態が上向かず、2セーブ目を記録した後の登板で打ち込まれたことをキッカケに、二軍での再調整が決定。一軍復帰後は2試合に登板しているものの、ストッパーの座からは外れており、現在のところ日米通算の250セーブまでは「5」、NPB通算の250セーブまでは「7」というところでカウントダウンが止まっている。

 この藤川以外にも、今季はセ・リーグの守護神たちが軒並み故障や不調に苦しんでいる。NPBでは1974年から公式記録として導入された「セーブ」だが、今年はこのタイトルを予想していくのは難しそうだ。


 ということで、今回はにわかに注目を集めている「セーブ」について取り上げたい。おなじみ『プロ野球B級ニュース事件簿』シリーズの著者であり、ライターの久保田龍雄氏に、“珍セーブ記録”にまつわるエピソードを振り返ってもらった。


◆ 最初で最後の“一挙両得”

 「1試合で勝利投手とセーブの両方をゲット」した唯一の男として知られるのが、日本ハム時代の高橋直樹だ。

 1974年8月18日の近鉄戦。先発した高橋は、5回まで3安打・無失点の好投。2−0とリードして迎えた6回も2三振を奪い、2死一塁とした。

 ところが、次打者・ジョーンズに2球ボールを続けたところで、中西太監督は左腕・中原勇をワンポイントリリーフに送り、高橋はなんと三塁を守ることに。ジョーンズを苦手とする高橋を、一時的に避難させるのが目的の奇策だった。

 中原勇がジョーンズに四球を与えると(記録は高橋の与四球に)、高橋が再びマウンドに上がり、代打・石渡茂を左飛に打ち取ってスリーアウトチェンジ。

 結局、高橋は9回にジョーンズの一発で1点を失ったものの、2−1で逃げ切り。一度に勝ち投手とセーブの両方をゲットする珍事となった。

 「1試合で2つも頂くなんて…。9回にジョーンズに一発打たれたけど、僕は彼が大嫌いなんですよ。(6回に)嫌いな男に投げずに済んで、両手に花とは…。こんな楽しい日はありません」と、ご機嫌の高橋だったが、同年オフ、「1試合で勝ち投手とセーブの両方を認めるのはおかしい」という意見が出たことから、ルール改正がなされることに。“一挙両得”投手は、この高橋が最初で最後となった。

 また、1975年までは「記録員が最も有効な投球を行ったと判断した投手にセーブを与える」というルールだったことから、最後まで投げ切っていない投手も対象とされていた。という事情から、星野仙一(中日)や小坂敏彦(日本ハム)ら、8人が“中継ぎセーブ”を記録している。


◆ 一球も投げずにセーブ投手になった男

 史上初の「0球セーブ」を記録したのが、南海時代の金城基泰だ。

 1980年10月2日の阪急戦。5−1とリードした9回に2点を返され、なおも二死一・三塁のピンチに、南海・広瀬叔功監督は先発・森口益光に代えて抑えの切り札・金城を投入した。

 一塁走者・福本豊の足を警戒した金城は、一度けん制球を投げたあと、セットポジションに入り、左足を上げて投球動作に入った。直後、福本がスタートを切ると、金城は左足を上げた姿勢のまま、体の向きを変え、二塁に送球。ベースカバーに入った河埜敬幸が一二塁間に挟まれた福本にタッチすると、大野正隆二塁塁審が「アウト!」を宣告し、ゲームセット。

 この瞬間、金城は打者・簑田浩二に1球も投げていないのにセーブがつくという、セーブ制導入後初の珍事を達成した(※セーブ制導入以前では、49年9月18日に巨人・藤本英雄も記録)。


 ところが、直後に阪急・梶本隆夫監督が「今のは明らかにボークだ!」と激しく抗議したことから、事態は大紛糾。阪急側が提訴を条件に試合の成立を認め、「ゲームセット」が宣告されたのは、福本がアウトになってから55分も経ってからのことだった。

 同年、金城は倉持明(ロッテ)をわずか1ポイントだけ上回る19セーブポイントで最優秀救援投手のタイトルを獲得。結果的に、“値千金の0球セーブ”となった。


 ちなみに、翌年6月4日の日本ハム戦でも、三浦政基が金城と同様、けん制タッチアウトで史上2人目の0球セーブを記録しており、2年続けて南海の投手が達成する珍事に。


◆ 1球で2/3回を記録したセーブ

 「1球セーブ」となるとあまり珍しくもないが、たった1球で2/3回を記録する珍事を達成したのが、ヤクルトのトニー・バーネットだ。

 2015年4月17日のDeNA戦。9回一死二・三塁のピンチで先発・小川泰弘をリリーフしたバーネットは、梶谷隆幸にあわや同点タイムリーという痛烈なピッチャー返しのライナーを打たれてしまう。

 だが、フィールディングに自信のあるバーネットは、慌てず騒がずジャンプ一番グラブを伸ばしてダイレクトキャッチすると、すかさず二塁に転送。飛び出していた二塁走者・白崎は帰塁できずアウトになり、あっという間に併殺でゲームセットとなった。

 1球で2/3回を記録したセーブは、武田久(日本ハム)が2010年9月2日のソフトバンク戦で記録して以来、史上6度目。“ひと粒で二度美味しい”6セーブ目に「ラッキーだったよ」とニコニコ顔のバーネットだったが、次の登板試合(中日戦)では、安打と四死球でいきなり無死満塁のピンチを招き、スリーアウトを取るのに25球も要して、やっとの思いで7セーブ目を挙げている。


◆ たった1球で奪三振&“プロ初セーブ”

 最後に、たった1球で奪三振が記録されたばかりでなく、プロ初セーブを挙げたのが、ヤクルトの近藤一樹だ。

 2017年6月30日の阪神戦。1点リードの9回二死一・二塁という場面で、守護神・秋吉亮が代打・原口文仁に対し、カウント1−2からの4球目が大暴投になった直後、右肩の違和感を訴えて降板してしまう。

 そこで急きょ近藤がリリーフすることになると、初球の外角低めスライダーで原口を三振に仕留めてゲームセット。近藤にとって、これがプロ16年目で初めてのセーブ。1球セーブは、史上60人目・66度目だが、「1球セーブと奪三振の同時達成」というのは、もちろん史上初の珍事だった。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)