◆ 白球つれづれ2020〜第36回・安田尚憲

 1週間ほど前、セパのペナント争いは二強の独走気配が漂っていた。

 セ・リーグの巨人は今でも2位以下に大差をつけて文字通りの一人旅を続けている。だが、パ・リーグは王者・ソフトバンクの前にロッテが立ちはだかった。4日からの直接対決3連戦に3連勝で、ついにその差は0.5ゲームに肉薄した。首位猛追の立役者は21歳の4番打者・安田尚憲選手だ。

 6日の同カードで5回に石川柊太投手から決勝打となる5号2ランを放った。石川と言えば18年から足掛け3年に渡り11連勝中、その最大の武器であるパワーカーブを見事にとらえた技術は4番にふさわしいものだったが、安田の今季5本の本塁打はすべてチームの勝利に結びついている。相手の不敗神話を吹き飛ばし、自身の不敗神話を新たに作り出すのだから何かを持っている証かも知れない。

 この試合だけを見れば「頼れる男」と言った新聞の見出しも躍るが、現実には悪戦苦闘の続く“仮免中”の4番打者である。

 6日現在(以下同じ)、打率.221はリーグの打撃成績でも下から2番目。5本塁打、30打点も4番として見ればとても合格点とは言えない。得点圏打率や長打率でも物足りない。それでいて、井口資仁監督には今のところ打順を代えるつもりはない。

 「今年は上(一軍)のレベルに合わせなくてはならない。我慢の時期も必要」と将来を見据えて若き才能を育て上げる覚悟なのだ。


◆ 高校BIG3のそれぞれ

 2017年のドラフト。「高校BIG3」と騒がれたのが清宮幸太郎(早実高から日本ハム)、中村奨成(広陵高から広島)両選手と履正社高の怪物・安田だった。だが、7球団から1巡指名を受けた清宮や同じく2球団の競合で早々と指名された中村に対して安田はゼロ。多くの球団が清宮の“外れ1位”として名前を挙げ、ロッテも例外ではなかった。

 ちなみにヤクルトの村上宗隆選手(九州学院)も安田と似た経緯でプロ入りしている。それが「現在地」で言えば昨年大ブレークした村上が一足早くスター街道を走る。清宮が伸び悩んでいる間に安田が4番の座を手にして、中村がようやく一軍切符に手を掴んだ。これだからドラフトは難しく面白い。

 安田の4番起用にはチーム方針が大きく影響している。プロ1年目は17試合に一軍出場を果たすが力不足を露呈。すると昨年は二軍でじっくり時間をかけて育成した。結果は本塁打と打点で2冠。ロッテは近年、若手を中心に据えたチーム改造を行っている。

 投手陣では種市篤暉、小島和哉、岩下大輝投手らの成長に賭け、ドラフトでも安田の下には藤原恭大や佐々木朗希選手ら黄金世代が続く。一方でチームの柱であった鈴木大地選手がFAで楽天に移籍したことも安田の三塁起用を後押ししている。

 シーズン当初はベンチを温める時間も続いたが、7月21日の西武戦から4番に座るとそこが定位置となった。実績や長打力なら井上晴哉や故障離脱中のB・レアード選手が務めて当然だが、指揮官は安田の将来性を見込んで大抜擢の決断をしたわけだ。


◆ 息づく「考える野球」

 そんな新主砲のバックボーンには履正社高時代のチーム方針である「考える野球」が息づいている。

 「やらされる練習では身につかない。どうやったら上手くなるか、打てるようになるか、自分自身で考える事」。さらに恩師である岡田龍生監督には「高校からプロ入りすると言うことは大学、社会人という舞台を飛び越えること。プロに入るなら人一倍、野球のことを考えろ」という言葉を贈られた。

 ヤクルトの村上を見るまでもなく、一本の殊勲打、一本の豪快弾がチームの信頼を得て、4番らしい風格も生む。さらに成績を上げて“仮免”が取れた時、チームはもう一段、迫力を増すはずだ。何より、目の前を行く王者・ソフトバンクに現時点で8勝3敗1分けの相性の良さが頼もしい。

 これまでソフトバンク戦には1割台の低打率で苦しんでいた安田が放った首位肉薄の一発はチームにも新たな勇気を与える、これぞ4番の大仕事となった。強運も身に着けたこの男、やはり何かを持っている。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)