◆ 引退3選手の珍場面

 本格的なオフシーズンに入ったプロ野球。2022年シーズンも多くのニューヒーローが誕生した一方で、グラウンドを去る決断をした名選手もいる。

 今回取り上げたいのが、オリックスの能見篤史と、ヤクルトの内川聖一に嶋基宏の3名。能見は阪神時代に左のエースとして活躍。内川は横浜、ソフトバンク時代に史上2人目の両リーグ首位打者を獲得し、嶋も楽天時代に正捕手として2013年の日本一に貢献した。

 その一方で、彼らが三者三様、思わずビックリの珍場面の主人公になったことを覚えているファンも多いはずだ。今回はそんな思い出深いエピソードの数々をプレイバックしてみよう。


◆ “求愛パフォーマンス”

 まずは阪神時代の能見から。2013年4月9日の巨人戦。シーズン最初の伝統の一戦に先発した能見は、巨人打線を散発の5安打、10奪三振で両リーグの完封一番乗りをはたすとともに、巨人の開幕からの連勝も「7」でストップした。

 試合後、能見は6回に決勝適時打を放った4番打者マット・マートンとともにお立ち台に上がり、「甲子園初戦ということで、たくさんお客さんが入ってくれましたので、何とか勝利をお届けしようと思って、もう最初から全力でいきました。タイガースファンが本当にあと押ししてくれるので、プラスアルファの力を貰っています」とスタンドの4万4000人のファンに感謝の言葉を贈った。

 思わぬハプニングが起きたのが、インタビュアーがマートンにマイクを向けようとした直後だった。なんと、マートンは「チョットマッテ、チョットマッテ。ノウミサン、アイシテルー!」と言いながら、能見に抱きついたのだ。

 なぜマートンは、大観衆の前で“求愛パフォーマンス”を見せたのか……?

 実は、マートンは前年6月9日のオリックス戦で、緩慢な外野守備で失点を許したばかりでなく、打者走者をも二進させるボーンヘッドを犯した結果、能見を負け投手にしてしまった。

 にもかかわらず、その試合後、「ニルイ、ドウゾ。アイ・ドント・ライク・ノウミサン(能見さんが嫌いだから、二塁をプレゼントしてやった)」の問題発言で物議を醸していた。

 もとより冗談のつもりで、悪気のなかったマートンは以来、何とかわだかまりを解消したいと考え、ファンの前で“歴史的和解”を実現させたという次第。

 面と向かって「アイシテル」と言われた能見は「イヤ、ちょっと照れくさいですけど……」とはにかみながらも、「必ず打ってくれると思った。ナイスバッティング」と“愛すべき助っ人”に笑顔でエールを贈った。


◆ 内川が「あれはきつかった」と苦笑したシーンとは?

 お次は、ソフトバンク時代に主砲として6度の日本一に貢献した内川が期せずして演じることになった、体を張ったコントのような珍プレーを紹介しよう。

 2015年9月19日のロッテ戦。両チーム無得点の4回に中前安打で出塁した内川は、次打者・李大浩がフルカウントになると、涌井秀章の投球と同時にスタートを切ったが、ファウルになり一塁に戻った。

 ここまでならよくある話なのだが、李がその後9球連続でファウルしたことから、そのたびに全力でスタートを切っていた内川は、息を切らしてゼーゼー。ファウルが7本続いたところで、スタンドのファンからも大拍手が起こった。

 連続してファウルする李とストライクを投げつづける涌井のどちらもすごいが、内川は「(拍手の相手は)李大浩じゃないな。オレだな」と確信した。

 そして、15球目に10回目のスタートを切った内川だったが、李は一邪飛に倒れ、骨折り損のくたびれ儲けに……。さらに松田宣浩の三ゴロで二封されてしまい、踏んだり蹴ったりだったが、二死後、長谷川勇也と今宮健太の連打で待望の先制点が入り、結果的に内川の“大激走”が勝利を呼んだ。

 2020年オフ、他球団での出場チャンスを求め、10年間在籍したチームを去るにあたって(その後、ヤクルトに移籍)、内川はこのエピソードを「思い出すシーン」として一番に挙げ、「あれはきつかった」と苦笑まじりに振り返っている。


◆ わずか「0.96秒」で倒れた審判を抱き抱える

 最後は、楽天時代の嶋の“ちょっといい話”で締めくくろう。2019年5月2日のソフトバンク戦、0−1とリードされた楽天は、5回の守りで安打と2つの四球を許し、二死満塁のピンチを迎える。

 ハプニングが起きたのは、次打者・松田宣浩が1ボールから古川侑利が投じた2球目のカーブをバックネット方向に打ち上げた直後だった。捕手・嶋が打球を追って後方に向き直ると、牧田匡平球審が行く手を遮るようにして立っていた。

 捕邪飛をキャッチして何としてもピンチを脱したい嶋は、やむにやまれず牧田球審と接触する形になったが、押されてズルズルと交代した牧田球審は、仰向けに倒れ込み、頭と背中を強打した。

 一方、嶋はそのまま打球を追いつづけ、見事キャッチすると、すぐさま牧田球審のもとへと駆け寄り、「大丈夫ですか?」と心配そうに抱きかかえた。この間、捕球からわずか0.96秒。

 幸い大事に至らず、牧田球審は苦笑いしながら起き上がると、「アウト!」をコールしたあと、グラウンドに落ちていた帽子とマスクを拾い上げた。熱戦の最中の珍場面にスタンドから笑いが起き、ほのぼのとしたムードが漂った。

 これには球界のレジェンド・張本勲氏も「“あっぱれ”でしょう。こういうプレーを見ると、うれしいね」と絶賛。嶋は“球界の紳士”として長く記憶されることになった。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)