◆ 野球ゲームの移り変わりから見るプロ野球史〜第38回:パワプロで追う日本ハム時代の大谷翔平

「ある種、自分がサクセス(のキャラ)みたいなものだと思う」

「パワプロ30周年×プロスピ20周年 アンバサダー」に就任したドジャースの大谷翔平が、コナミ公式YouTubeで自身の野球人生とパワプロのサクセスモードを重ねていた。

 スーパーファミコンでシリーズ1作目の『実況パワフルプロ野球’94』が発売されたのは、1994(平成6)年3月11日。そして、大谷翔平も94年7月5日生まれなので、いわば同い年の両者の夢コラボである。

 大谷が日本ハムに在籍したのは、2013年から17年のわずか5シーズンのみ。パワプロで言えば、『実況パワフルプロ野球2013』(13年10月24日)、『実況パワフルプロ野球2014』(14年10月23日)、『実況パワフルプロ野球2016』(16年4月28日)の3作品ということになる(アプリ版を除く)。据え置き機はPS3からPS4、そして携帯ゲーム機もPSPからPS Vitaへの時代の変わり目だった。



 今回はそんな歴代パワプロに登場した日本ハムの大谷翔平の進化を追ってみよう。18歳でメジャー志望を公言も、日本ハムから12年ドラフト1位指名されると、球団が提示した“二刀流”育成プランに心が動き入団へ。

「今日のオープン戦で初めて、同じ試合の中で投手と野手の両方で出場することになりました」

 13年3月21日放送『ニュースウオッチ9』のスポーツコーナーで、ルーキー大谷の歴史的な二刀流デビューが取り上げられている。ついに、楽天とのオープン戦で「3番ピッチャー大谷」が東京ドームにアナウンスされたのだ。栗山監督は試合前インタビューにこう答えている。

「今日にかんしては、入学式みたいな感じで来ました。プロの世界は本当に難しいと思います。2つやる(二刀流)のは。ただ、本当に最初から「やろう」と言ったんだから2人で。本当に“やるんだ”と思い続けられるか。能力はあるはずなんで。いいスタートを切らせてあげたい。ある意味、本当のスタートは今日だと思うんで」

 8回に4番手としてマウンドに上がると157キロを計測、さらにその裏には3番打者として打席に立ち、“二刀流入学式”を無事終えた。13年3月29日には西武との開幕戦に「8番右翼」でスタメン出場すると、2安打1打点の活躍。投手としての公式戦デビューは13年5月23日のヤクルト戦で、本拠地の札幌ドームのマウンドに上がり5回2失点。この年60発を放つバレンティンに対して投じた5球目の157キロは当時の球団最速だった。


◆ ゲームが現実に追いつけない…コナミ関係者もお手上げ状態に

 一方で、プロ入り当初はパワプロでの大谷の能力査定は難しかった。そのポテンシャルは誰もが認めていたものの、まだ二刀流の体作りの段階で投打に出場機会が限られていたからだ。13年成績は投手として、13試合3勝0敗・防御率4.23。打者では打率.238・3本塁打・20打点。すでにPS3版でもアップデートで13年度ペナントレース終了時データに対応していたが、13年版の投手・大谷は「157キロ、コントロール35(F)・スタミナ58(D)」。打者・大谷は「弾道3・ミート39(F)・パワー61(C)・走力65(C)・肩力77(B)」という数値である。



 しかし、14年には早くも「11勝、10本塁打」で1918年のベーブ・ルース以来の二ケタ勝利&二ケタ本塁打を達成。5月13日の西武戦で126球のプロ初完投、初完封。10月5日の楽天戦で日本最速タイの162キロをマークと進化を感じさせる1年となった。『パワプロ2014』能力値は、投手で「162キロ、コントロール52(D)・スタミナ76(B)」に加えて「回復A」や「奪三振」という特殊能力も追加され、打者も「弾道3・ミート58(D)・パワー72(B)・走力65(C)・肩力83(A)」と投打に渡り前作より成長した。

 なお、14年11月25日のベースボールキング配信ニュースでは「大谷、初々しくCM撮影」という記事も確認できる。札幌ドームで日本ハムグループを宣伝する初のテレビCM撮影に臨んだのだ。当時、「緊張しているので表情は硬いかな」なんて慣れない撮影に四苦八苦していた男が、10年が経過して、いまや球界で最も多くのCM出演を涼しい顔でこなしている。



 そして、プレステ4初のパワプロとなった『実況パワフルプロ野球2016』が世に出た16年シーズンは、日本ハムが10年ぶりの日本一に輝き、大谷がMVPに輝く記念碑的な1年になる。投げては10勝を挙げ、防御率1.86。リーグVの懸かった一戦で1安打15K完封勝利の快投で胴上げ投手に。打者としては打率.322、22本塁打、67打点でパ・リーグのベストナインでは史上初の投手と指名打者の同時受賞の快挙を達成する。前年の15年シーズンは初の開幕投手を務め、15勝5敗、防御率2.24、勝率.750で投手三冠に輝いたが、打率.202と低迷していただけに「打者・大谷」として飛躍のシーズンとなった。、



 登板時にDHを解除する「リアル二刀流」の試合は7勝0敗……なんだけど、大谷本人も参加したパワプロイベントで、ゲームでは試合中のDH解除がシステム上できない件について、コナミ関係者も「正直ここまでの投打での活躍は想定していなかった」とお手上げ状態。

『パワプロ2016』のマイライフは「二刀流モード」に初対応したものの、ある意味ゲームが現実に追いつけていなかった。能力値は投手で「165キロ、コントロール42(E)・スタミナ88(A)」、打者では「弾道3・ミート80(A)・パワー80(A)・走力75(B)・肩力83(A)」とのちにメジャーリーグの本塁打王に輝く選手にしては物足りなくも思ってしまうが、投打の大黒柱として君臨している。本作はNPBラストイヤーの17年版データにもアップデートできるが、大谷の日本ハム時代の能力値はこの年が最高である(『パワプロ2022』にはOB選手枠でパワー95(S)の最強スラッガーとして登場)。


◆ 「自分自身がパワプロの選手だと思ってやってるんで」

 すでにMLBで二度のMVPを受賞。プロ入り直後、多くの大御所の野球評論家から「無謀」「プロ野球を甘く見るな」なんて批判された二刀流が世界の球界の常識を変えたのだ。栗山監督は自著『育てる力』(宝島社)の中で、「大谷を育てたのではない。むしろ、私が育てられたのだ」と書いている。 

 日本ハム時代、栗山監督は未来ある若い逸材を守るために、外出完全許可制の「大谷ルール」を実施した。過保護だという声もあったが、連れ出そうとする大人たちを制限したかったのだ。付き合いで飲みに連れ回されてその才能が潰されないよう、万全を期したのである。大谷もそれを理解して、メジャー移籍する直前まで先輩にも平然と「食事には行きますが、飲みには行きません」と答えたという。

 なお、「まるで漫画のようだ」と形容されることの多い二刀流だが、大谷はパワプロアンバサダーの公式インタビューで、こんな発言をしている。

「自分自身がパワプロの選手だと思ってやってるんで。子どもの頃は単純に楽しかったですし、選手を自分で育てたりとかするのもすごく好きだったので、今は自分をそういう風に(パワプロのサクセスと同じように)やってる感じですかね」

 海の向こうで、リアルサクセスモードに挑戦する男。永遠の野球小僧・大谷翔平は今もなお、パワプロを遊ぶようにときに楽しみながら、己の野球人生を生きているのである。


文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)