2018年に創刊60周年を迎える『週刊ベースボール』。おかげ様で、すでに通算3400号を超えている。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。

人物スポット『躍出た第二のハワイ打撃王』



表紙は阪神・小山正明

 今回は『1959年5月13日号』。創刊57号で定価30円だ。カラーグラビアは『快調ホークス』。開幕から好調を維持する南海の選手の集合写真である。

 本文巻頭は開幕から打ちまくる4人のバットマンの特集。見出し込みで紹介しよう。「好球必打のファイター」西鉄・豊田泰光、「貫録のついた感激居士」巨人・藤尾茂、「気の強い研究家」中日・江藤慎一、「クソ度胸の新入り」東映・張本勲だ。さすがハリさんか。

 対談は『チームを引張る飛燕〜巨人・阪神の伝統を支える柱』で巨人・広岡達朗、阪神・吉田義男が登場する。ともに球史に残る名ショートだけに濃密な守備論を期待したが、皆無。チームリーダーとしてチームの現状を語り合っていた。

 おそらく4月18日からの阪神─巨人3連戦(甲子園)の合間で行ったものだと思うが、結果は巨人の3勝ながら、その第1戦は阪神の小山正明が完全試合まであとわずかまで迫った。最後は8回、22人目の長嶋茂雄にヒットを打たれ、この回に2対2の同点に追いつかれると、延長戦13回表に決勝打を許した。小山は完投負け、相手の藤田元司は完投勝ちだ。

 人物スポットでは『躍出た第二のハワイ打撃王』として、南海の二番打者・半田春夫を紹介。ハワイの日系人選手で内野守備の名手で知られるカールトン半田だ。

 マイナー・リーグでプレーした後、ハワイで教師をしながらノンプロチームでプレーしていた異色の経歴。来日2年目だが、この動機については次のように語る。

「アメリカでは子どもたちに日本のこと、たとえば東京、大阪という都市について教える。しかし、先生自身が実際その都市に行ってみなければ納得のいくようには教えられない。日本はぼくの親の国、いわば母国です。この際、野球をしながら日本を知ることができれば自分のためにどんなにいいか」

 と語っているから地理の教師だったのだろう。半田は73年まで日本球界でコーチ歴がある。教師の道はあきらめたのか。

『被害者はぼくだ!〜審判を殺すのが選手ではない!』という激しい記事もあった。

 大洋の捕手・土井淳の手記だが、広島戦で打者がバントの構えをしたため、三塁側に飛び出した土井だが、打者がその球を見送り、ボールが球審の右ヒザに当たった。それに対し、審判が「わざとやった」と判断。土井の右肩を強く押してから「退場」を命じたことへの怒りの手記だった。

 前回触れた連載『ぼくの雑記帖』は中日の森徹が登場している。どうやら週替わりとなるらしい。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM