大学4年間、汗を流した東大球場のスタンドで取材に応じる日本ハム・宮台。卒業が決まり、表情は吹っ切れていた

 東大の練習納めとなった12月23日、日本ハムに入団した宮台康平(4年・湘南高)が東大球場で取材に応じた。吹っ切れた表情が印象的だったが、それには理由があった。

 12月中旬に成績発表があり、卒業が決まったという。「決して、誇れる成績ではありませんが……」と苦笑いを浮かべるものの、文系最難関と言われる東大法学部で、野球と両立させての単位取得は立派である。

「野球と勉強というのは、これで一区切り。あんなにがっつり、机に向かうことはもう、ないと思います。でも、学んだことは、どこかで生かしていきたい。これからは、野球一本に集中し、すべてをかけて頑張っていきたい」

 日本ハム側からは練習メニューが提示されており、黙々とトレーニングに専念する日々を送る。左肩痛から完全復活した今秋の東京六大学リーグ戦は2勝(通算6勝)を挙げ、法大戦では15年ぶりの勝ち点奪取に貢献。4年間で自己最多53回1/3を投げたが「肩に不安はない」と、遠投や、暖かい日にはブルペンで立ち投げを行うなど、調整は順調に進んでいるという。

 リーグ戦閉幕後も神奈川県内の自宅には戻らず、練習拠点は東大球場(東京都文京区)のまま。来年1月7日の入寮までは、住み慣れた一誠寮で生活している。

 年が明けた1月2日には「関東学生連合」として、箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)に出場する東大陸上運動部・近藤秀一選手(3年・韮山高)を応援するため、大手町のスタート地点で、その雄姿を見届ける予定だ。

 宮台、近藤に共通して、東大のアスリートとは、どうしても別の視点で見られる。宮台は10月30日の指名挨拶の際、日本ハム・大渕隆スカウト部長から『宮台康平君の入団にあたり』という資料が手渡された。パワーポイントで作成された6枚の文書を熟読すると、気持ちが楽になったという。

「東大出身のプロ野球選手は過去に5人いて、成功しているとは言えない、と。周囲からは特別というか、そうでない見られ方もする。遠藤さん(良平、元日本ハム)、松家さん(卓弘、元横浜ほか)を見てきた感覚として、その看板と戦うと苦労するそうです。『東大』の肩書ではなく、一人の人間として、新しい人生観を提示していけばいい、と」

 とはいえ、東大の4年間なくして、「宮台康平」はなかったと断言する。

「東大に入学していなければ、東京六大学で投げていないですし、プロへも行けなかったと思います。ありがたい環境で野球をやらせていただいた恩がある。皆さんの期待にこたえ、喜んでいただけるようにして、東大野球部の名声を高められたらいいです。強豪校に行かなくても、自分が活躍すれば選択肢は広がる。いろいろな人の勇気になればいい」


 東大史上初の150キロを計測した左腕・宮台には、野球で勝負できるポテンシャルがある。しかし、今後もグラウンド以外の部分で脚光を浴び、「東大」のキャリアが重いと感じるときがあるかもしれない。しかし、宮台にしか発信できないメッセージがある。プレッシャーをかけるつもりはないが、プロ入り後も、それだけは忘れないでほしい。

文=岡本朋祐 写真=BBM