積極的に日本文化に溶け込もうとしたバンチ。人気も高かった。写真は同年キャンプ時


 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は6月7日だ。

 ホームランテラス設置後、本塁打量産球場となったヤフオクドームだが、開場からしばらくは、広さとフェンスの高さもあって、なかなかホームランが出ない球場と言われた。

 結果的には、その中でも妥協することなく長打を追い求め、猛練習を重ねた小久保裕紀らがホークスの強力打線をつくり、黄金時代にもつながっていく。

 今回は、名称が福岡ドーム時代の2002年6月7日の巨人─中日戦の話だ。中日の先発メルビン・バンチは、7回まで3失点と可もなく不可もなくのピッチングで交代したが、バットで魅せた。

 6回表、巨人・桑田真澄からソロ本塁打。これが福岡ドーム公式戦での投手の初本塁打でもあった(パはDHだが、当時セは巨人の主催試合があった)。試合は延長戦となり、12回表に立浪和義が決勝弾。5対4で中日の勝利になっている。

 バンチは00年入団で1年目には14勝を挙げ最多勝。同年ノーヒットノーランも達成している。02年は7勝7敗だが、これは7月31日巨人戦(東京ドーム)を最後に不整脈のため帰国、そのまま退団となったからでもあった。

 ちなみにこの年、打率は.268、2本塁打。もう1本のホームランは、結果的に最終登板となった巨人戦で、相手はやはり桑田だった。

写真=BBM