独自のスタイルを編み出した関大の2年生・坂之下晴人は明治神宮大会で47年ぶり決勝進出に貢献した(写真=矢野寿明)

 自分が生きていく道を模索する。

 かつてダイエー、ソフトバンク、巨人で「左キラー」「代打の切り札」として活躍した大道典良(ソフトバンク二軍打撃コーチ)には、大きな武器があった。三重・明野高時代は甲子園に出場した右のスラッガーだったが、プロの世界で飯を食べていくために、バットを短く持つ決断をしたのだ。

 指1、2本分、気持ち余らすのではない。拳一握りでもない。二握りは短く持ち、コンパクトにバットを振り、まるで、ボールにぶつけるように食らいついた。

 猛練習の末、オリジナルのスタイルを作り上げ、41歳まで現役でプレーした。


ソフトバンク・大道典良二軍打撃コーチは現役時代、南海、ダイエー、ソフトバンク、巨人を通じて41歳までプレーした(写真=BBM)

 今秋の明治神宮大会。大道以来の衝撃を受けたのが、47年ぶりの決勝進出に貢献した関大・坂之下晴人(2年・大阪桐蔭高)だった。

 以下、関西学生リーグでの打撃成績である。

1年春 打率.000(1打数0安打、0打点)

1年秋 打率.000(1打数0安打、0打点)

2年春 打率.176(51打数9安打、5打点)

2年秋 打率.231(39打数9安打、7打点)

 坂之下は大阪桐蔭高3年春のセンバツで「七番・二塁」で優勝に貢献し、履正社高との決勝では左越えに本塁打を放った実力者だ。

 しかし、関大入学後は大学野球のレベルに戸惑っていた。そこで、定位置を獲得する2年春を前に、山口高志アドバイザリースタッフ(元阪急)から助言をもらった。もともとバットをやや短く持っていたが、さらに短く持つよう指示を受ける。ミートを心がけ、センターから右を徹底。血のにじむような努力を重ね、徐々に独自の世界観を作り上げていく。

 その成果が発揮されたのが、明治神宮大会だ。金沢学院大との2回戦で先制タイムリー、東海大との準決勝では同点でタイブレークに入った10回表に決勝打を放った。慶大との決勝では3打数無安打と持ち味を発揮できなかったが、今大会の2安打(2打点)はインパクト十分。また、決勝における二塁守備では飛球をダイビングキャッチし、攻守で輝きを見せた全国舞台だった。

 大学生活は残り2年。19歳ながら、すでに職人気質が漂っている坂之下。生きていく道を模索し、自らの手で切り開いた確かな技術を、さらに磨いていってほしい。

文=岡本朋祐