ヤクルト、ロッテ、楽天で捕手として活躍し、現在は「アパホテル」で有名なアパグループ東京本社の法人営業部でチーフマネジャーを務める川本良平さんを、亜大の先輩であるパンチ佐藤さんが訪ねました。対談場所は、ZOZOマリンスタジアムの隣の「アパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉」の50階「ダイニング&バー スカイクルーズマクハリ」。素晴らしい眺望でした!
※『ベースボールマガジン』11月号より転載

夢は口に出せば必ずかなうもの



パンチ佐藤氏(左)、川本良平氏

 亜細亜大学野球部では18歳差の先輩−後輩である、パンチさんと川本さん。ふだんは東京・赤坂見附のアパグループ本社勤務の川本さんだが、今回の対談のため、懐かしのマリンスタジアムを望む『アパホテル&リゾート東京ベイ幕張』まで、駆けつけてくれた。

 プロ野球、芸能界と、ともに遠征、出張でホテル宿泊の多い業界を渡り歩くパンチさん。川本さんのホテル業界話にも興味深々で、対談は大いに盛り上がった。

パンチ やはり最初は亜大時代の話から聞いていきたいね。何年からベンチ入りしていたんだっけ?

川本 ベンチ入りは1年からです。春のオープン戦から何度か四番を打たせていただきました。

パンチ すごいじゃない! じゃあ、あとはケガせずタイミングを見てレギュラー獲り、という感じだったんだね。小山良男(元中日。横浜高で現西武・松坂大輔とバッテリー)は2つ上だよね。彼はやっぱり違った?

川本 チームからの信頼が違いました。皆がやりたくないことも率先してやられていたので、とても良い見本になりました。

パンチ レギュラーになったのは?

川本 1年生からファーストに入って、小山さんが卒業するタイミングでキャッチャーに戻りました。

パンチ これはプロでもやれるかもしれないぞ、と思った試合や打席は覚えている?

川本 2年生のとき、初ホームランを打ちまして、そこからですね。春の日本選手権の決勝で、今ソフトバンクの和田毅さん(当時早大)からサヨナラ犠牲フライを打ちました。そこである程度、自信も付きました。

パンチ その和田がプロに行って活躍したら、目安にもなるもんね。それで、ヤクルトに指名されたわけだ。契約金はどうした?

川本 車の頭金だけもらって、あとは親に渡しました。小学校のとき、「プロ野球選手になって、契約金1億円もらったら、あげるね」と約束していましたから。

パンチ やっぱり、夢を口に出すのは大切だね。

川本 そうですね。あとは「(夢を)叶えるんだ」と思い続けないとダメだと思います。

パンチ 僕も中学校のとき担任の先生に、夢を持つことは大事だから、「目標を立てたら必ず何かに書きなさい、そうしたら夢に近づくよ」と。さらに「もっと夢に近づくには、口に出して言うんだ」と言われたんだ。まさにそれだね。

川本 本当にそう思います。

パンチ「これがプロか」と思った瞬間、カベに当たったときはあった?

川本 カベというか、忘れもしない試合があります。僕は入団が2005年でデビューが07年だったんですが、その07年8月19日。東京ドームの巨人戦でした。自分のホームランもあって、試合終盤まで3対2でリードしていたんです。9回裏、ここを抑えれば勝ちというところで、先頭バッターの小笠原(道大=現日本ハムコーチ)さんにホームランを打たれて、同点に追いつかれました。そのとき、当時プレーイング・マネジャーだった古田(敦也)監督に大変怒られまして……。

パンチ まさに1球の怖さだね。

川本 そのうえ延長10回裏、阿部(慎之助)さんにサヨナラホームランを打たれて負けたんです。それが悔しくて、悔しくて……。

パンチ そのとき、古田にはどんなふうに言われたの?

川本 8回までは完璧だったのに、9回、10回で試合を台無しにした、と。その原因は9回裏の先頭打者への入り方だと指摘されました。

パンチ 古田のインサイドワークは、やはりさすがだなあと思った?

川本 古田さんは過程を非常に大事にする方なんです。結果がよくても過程に根拠がないと認めてもらえません。その点は僕も同じ考え方だったので、やりやすかったです。

パンチ その9回裏は、なぜそうなってしまったんだろう。

川本 先頭バッターにフォアボールを出すのがイヤで、カウントを悪くしたくなかったので、ストライクを取りにいってしまいました。

パンチ そういう学びは野球人生だけじゃなく、今の人生にも役立っている?

川本 役立っていると思います。一般企業でも「結果がすべて」と言われるかもしれませんが、やはりしっかりした準備がないと、いい結果にはつながりません。また、たまたま結果が良くても、過程が疎かだと続きませんね。

やればやるだけ技術が身に付く



現役時代は「ポスト古田敦也」として期待され亜大からヤクルトに入団し、打撃センスを発揮した川本さん

パンチ ヤクルトからロッテに移籍したんだね。

川本 はい、ヤクルト8年、ロッテ3年、楽天1年です。13年のシーズンが始まる1週間前にトレードが決まりました。

パンチ セ・リーグとパ・リーグではどこが一番違った?

川本 ピッチャーの球種ですね。勝負できる球種が、セは変化球のいいピッチャーが多いんですが、パはパワー勝負ができるピッチャーが多いのが一番の違いだと思いました。

パンチ どっちがやっていて楽しかった?

川本 楽しいのは正直、セ・リーグですね。コントロール勝負なので、自分のリードによってピッチャーの成績も変わってきます。

パンチ ムード的にはどう?

川本 パ・リーグのムードはやっぱりいいですよね。特にロッテの応援は12球団一だと思います。

パンチ そのロッテでの3年間は、どんなことを考えながらやっていた?

川本 最初は、ここでもう一花咲かせてやるという思いでやっていましたが、やはりうまくいかなくて……。

パンチ 何がうまくいかなかったの?

川本 自分の技術とかですね。“自分ファースト”な言い方をしますと、認めてもらえなかったところもありますが、それを言ってもしょうがない。クサっていても良くないので、二軍でも一生懸命やりました。見ている人は見ていると思って。

パンチ 偉いね。俺はそんなふうに思えなかったんだ。二軍の試合でホームランを打ってもしょうがないやなんて思ってたから、ダメだったんだね。見ている人は見ているんだよな。

川本 今、一軍で活躍している二木(康太)というピッチャーがいるんですが、彼が2年目のときにファームで一緒だったんです。バッテリーでよく、ああだこうだと話をしましたね。

パンチ それが今頑張っているんだから、少しでも俺のアドバイスが効いているのかなと思うとうれしいよね。

川本 はい、実際試合で受けて、どれだけ変わったか知りたいくらいです。

パンチ 楽天へはどんな経緯で?

川本 15年秋、ロッテを戦力外になって、すぐ声を掛けていただきました。

パンチ 3球団、監督は誰だったの?

川本 ヤクルトは古田監督、ロッテが伊東(勤=現中日ヘッドコーチ)監督、楽天が梨田(昌孝)監督です。

パンチ 珍しいね。みんなキャッチャー出身じゃない(笑)。3人の違いや共通点はあった?

川本 アパに入社後、講演をさせていただいたんです。そこで、その3監督を戦国武将に例えさせていただいたんですが……。古田さんは豊臣秀吉。

パンチ 鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス、ね。

川本 どういう過程を踏めば鳴かせられるんだろう、と考えるほうですね。伊東監督は織田信長です。

パンチ 殺してしまえ、か。

川本 梨田監督は徳川家康。

パンチ 鳴くまで待とう、なんだ。待ってくれるんだ?

川本 ある程度何も言わず選手任せてくれます。で、結果が出なかったら、じゃあ明日から二軍ね、と。

パンチ 結局12年やったんだ。大学出て12年は、大したもんだね。大成功だ。

川本 平均在籍年数が1ケタなのに、10年以上できましたから。そこは誇りに思ってもいいかなと思います。

パンチ プロで学んだのはどんなことだろう?

川本 極論を言いますと、できるかできないかではなく、やるかやらないか。自分がやればやるだけ技術は身に付きますし、結果が出るかどうかは別として、力が付いていくことは間違いない。そこで体が痛いからできないとか雨が降っているからできないとか、自分で決めつけてしまうと、もう先がない。今も、やるかやらないか、という気持ちで日々仕事をしています。

 今やすっかり、ホテル営業マンとしてスーツ姿も身に付いた川本さん。

 神宮球場の東京ヤクルト戦、ZOZOマリンスタジアムの千葉ロッテ戦で、2019年も『アパホテル・デー』が開催された。試合前の始球式で元谷芙美子社長がピッチャーを、川本さんがキャッチャーを務めたほか、ホテル宿泊券の抽選会など、当日のイベントは大いに盛り上がった。

 ロッテ戦のイベントは川本さんの入社前から行われているもの。一方、東京ヤクルト戦のイベントは、入社間もない川本さんが東京ヤクルト・衣笠球団社長に直談判の営業を行い、それから3年連続開催されているという。

マンション、ホテルからアパ社長カレー販売まで



神宮とマリンでの「アパホテル・デー」では元谷芙美子社長が始球式を務め、捕手役は球団OBでもある川本さん

パンチ キャッチャーだと、球団でスコアラーとかスカウトとか話はなかったの?

川本 NPB以外ではありました。独立リーグの選手兼コーチとか軟式野球の監督とか。

パンチ そこに行かず、スパッとやめたのはなぜ?

川本 やるからにはNPBで、という気持ちがありました。ただクビになった時期が遅かったんです。10月末で、もう各球団、編成は終わっている時期でした。

パンチ 独立リーグでワンクッションおいてから、とか考えなかったんだ。

川本 独立リーグからNPBに戻った例をあまり見なかったので、難しいのかなと思いまして……。

パンチ そこで、どうしてアパだったの?

川本 ロッテの角中(勝也)選手と仲良くて、彼の後援会長にも非常に良くしていただいているんです。引退した年、角中選手の激励会にサプライズで参加させていただいたところに、アパホテルの専務(元谷拓氏)がおりまして、「今何をやっているんだ?」という話から後日、一度話を聞きに来ないかとお誘いを受けました。

パンチ それで話を聞いて、決めたんだ。

川本 即答はしなかったんですが、企業側から来てくれないかと言ってもらえるのは、なかなかないこと。それなら新しい世界に飛び込んでみよう、と思いました。

パンチ 最初の仕事はなんだったの?

川本 今の、法人営業部です。メーンの仕事は各企業にうかがって、マンション販売からホテル宿泊、カレーの販売まで、多方面の営業をしています。

パンチ さっきイベントって話もしていたじゃない? 営業って幅広いんだ。

川本 企業の社員食堂でカレーの提供イベントもしましたし、ロッテさんの冠スポンサーをさせていただいたり、野球選手のみならずファンミーティングのトークショーを開催したりしています。

パンチ そこではカベに当たらなかった? こんなのできねえよとか。

川本 本当にゼロからだったんで、できないのが当たり前と思ってはいけないんですが、一つずつしっかり覚えていこうと思いました。

パンチ それはやっぱり、亜細亜の後輩としてうれしい言葉だよ。周囲の人から「川本君、日に日に成長してるね」なんてよく言われたんじゃない?

川本 はい、それは素直にうれしかったです。

パンチ そこが俺、亜細亜の野球部の自慢できるところでさ。うまくいかなかったら、「なんでうまくいかなかったのかな」と考える。「あの人はなぜああいうふうにしているんだろう」って観察したりね。「この人はこの間会った人だ、確かワンちゃん飼ってたぞ」とか、「娘さん2人いると言っていたな」とかちゃんと覚えておいて、あとあと話をつなげられる。観察、洞察、分析は野球選手の特技だからね。

川本 そうですね。どこにチャンスがあるか分かりませんから。その言葉一つで、マンションが売れることもあります。だからそういった会話は聞き逃さないようにしています。

パンチ さすがだね。で、次はどんなセクションに移ったの?

川本 移ったのではなく、購買戦略室も兼任しています。ホテルのアメニティや備品などの仕入れ担当です。仕入れ値をなるべく抑え、会社の利益を上げる。何銭単位で費用を削る、これまでやったこともない世界です。

プロ野球選手のセカンドキャリアのパイオニアに


パンチ アパに入ってからの自分なりのヒットかホームランというと?

川本 9月20日にオープンした横浜ベイタワーの全2311室に、ホテル業界初となる、アパホテルのオリジナルドライヤーが入っています。それが、私の選定したものなんです。

パンチ それはどんなドライヤーなの?

川本 風量がホテル業界ではあまり見ない1.5立方メートルで、ダブルマイナスイオン。本体に、会社のロゴが入っているのも、他のホテルにはないことなんですよ。

パンチ ダブルマイナスイオンって、髪に優しいんでしょう。女性はたまらないね。

川本 はい、女性の髪を早く乾かしたい一心で、このドライヤーにしました。

パンチ 男だったら乾けばいいけど、女性はそうはいかないもんね。髪が傷まないようにとかさ。そんなところにまで気を使ってくれているっていうのはうれしいだろうね。

川本 そういった声がお客様のアンケートに多くありましたので。また、風量が弱いものを長い時間使うより、風量の多いものでサッと乾かしていただいたほうが、私どもも電気代の節約になりますので。

パンチ なるほど。みんながうれしいわけだね。でも、どうしてそこに着目したわけ?

川本 個人的に他のホテルのドライヤーが気に入らなかった部分もありまして。なんとか風量を多くしたいなという、自分の経験から始まりました。

パンチ プロ野球選手はキャンプや遠征で1年の半分以上ホテルにいるからね。それこそ社員のなかで一番ホテルを利用しているでしょう。今、それが役に立っているんじゃない?

川本 役に立っていますね。アパホテルは日々進化するホテルですので、他社のマネをするのではなく、何か新しいものはないかと常に探し求めているんですよ。

パンチ アパは今絶好調というか、勢いがあるよね。その中で新しいことを試せるのはやりがいがあるね。

川本 代表が、アイデアをいろいろ出してほしいという考えなので、やりがいがあります。

パンチ じゃあ今、毎日楽しいでしょう?

川本 楽しいです。

パンチ アパホテルで元プロ野球選手を採用したのは川本君が初めて?

川本 はい、そうです。プロ野球選手のセカンドキャリアのパイオニアになってほしいとも言われておりまして、私のあとに2人入社しました。

パンチ ちゃんと道を作ったね。これからまだやってみたいことはある?

川本 お客様により一層ご満足いただけるものを取り入れること。あとは今、私は本社にいますので、ホテルの現場スタッフが仕事をしやすい環境を作っていきたいなと思います。

パンチの取材後記


 亜細亜大学の先輩、後輩にあたるとはいえ、川本君と僕とでは世代がまったく違います。最初は「どうかな?」と思っていましたが、やはり話をしていると、同じニオイがプンプン(笑)。同じ寮生活を送り、同じ野球をやってきたんだなとあらためて感じましたね。

 僕は先輩に、「レギュラーだろうがベンチ外だろうが、亜細亜大学で4年間頑張ったヤツは、なんでもやれるんだ」と言われましたが、そのとおり。「川本という元プロ野球選手を採用して、良かった。やはりプロ野球選手は違うよ」と評価されているのがわがことのようにうれしかった。さすが後輩だ、と感動した今回の対談でした。

 川本君は、まだまだ大きなことをしそうな気がします。この調子で頑張っていってほしいなと思います。そして僕も、負けてはいられない。「やっぱり亜細亜の先輩はすごいですね」と言わせたいな、とファイトが湧いてきました。

●川本良平(かわもと・りょうへい)
1982年4月28日生まれ、広島県出身。崇徳高から亜大を経て、ドラフト4巡目で2005年にヤクルト入団。古田敦也の背番号27の次である28を背負い、ポスト古田と期待される。07年シーズンは51試合出場で7本塁打をマークするなど打撃のパンチ力もあった。13年に田中雅彦との交換トレードでロッテ移籍、16年に楽天に移籍して同年限りで引退。通算成績は345試合出場、打率.207、19本塁打、79打点。2017年よりアパグループ勤務。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=前田恵 写真=椛本結城