2019年はヤクルトの村上宗隆がプロ2年目で大ブレークし、見事に新人王に輝いた。ただ、村上以外の2017年ドラフト上位指名選手は、なかなか目立った活躍ができていない。特に村上と同じ長距離砲タイプの清宮幸太郎や安田尚憲は、過去2年は期待に応える活躍ができていないため、プロ3年目でのブレークを期待したいところだ。では、過去にどんな選手がプロ3年目でブレークを果たしたのだろうか。

プロ3年目ですさまじい大ブレーク



オリックス・イチロー

 3年目で大きな飛躍を遂げた選手の代表例がイチローだ。日米で偉大な記録を残したスーパースターだが、オリックスでのプロ1年目はウエスタン・リーグで首位打者になったものの一軍に定着できず。2年目も開幕を一軍で迎えるが、打撃不振で二軍落ち。しかし、河村健一郎二軍打撃コーチとともに磨き上げた振り子打法を武器に、二軍で打率.371の成績を残した。

 プロ3年目の1994年は、新しく就任した仰木彬監督の指示で開幕前に登録名を「イチロー」に変更。仰木監督はイチローのバッティングセンスを見抜いており、レギュラーにも起用した。するとこの年は打率.385の成績で首位打者を獲得。史上最年少での最優秀選手受賞も果たした。プロ3年目でのすさまじいブレークだった。


ダイエー・城島健司

 また、ダイエーで活躍し、イチローとともにシアトル・マリナーズでプレーした城島健司もプロ3年目でブレークした選手。入団当初はバッティングに定評はあったものの捕手としては難しいと判断されており、1年目の95年は主に二軍でプレー。2年目も二軍暮らしとなった。

 しかし、二軍で25本塁打を記録したことや、地道に捕手としてのスキルを磨いたことが評価され、この年の9月に一軍に昇格。残り試合すべてでスタメンに起用されると、プロ3年目の翌シーズンは開幕一軍を勝ち取り、レギュラーとして120試合に出場。打率.308、15本塁打とバッティングでも貢献した。その後はチームの柱として2005年までプレーし、2006年にMLBに挑戦した。

 投手では、巨人でプレーし、中継ぎとしてNPB史上初となる200ホールドを記録した山口鉄也もプロ3年目で大きく飛躍した選手だ。高校卒業後にダイヤモンドバックス傘下でプレーした山口は、2006年に育成選手として巨人に入団。プロ1年目に二軍で防御率1.61を記録すると、2年目には支配下登録され、この年は中継ぎとして32試合に登板した。

 プロ3年目の2008年も中継ぎで起用され、前年の倍以上の67試合に登板。11勝2敗23ホールドと圧巻の成績を残した。すべて中継ぎ登板で2ケタ勝利を挙げたのは巨人の歴史上初めての快挙だった。この活躍が評価されて山口は新人王を獲得。大ブレークの1年だった。

現役ではトリプルスリー達成者も3年目にブレーク



ソフトバンク・柳田悠岐

 現役選手では、ソフトバンクの柳田悠岐がプロ入り3年目で飛躍を遂げた選手だ。プロ入り1年目の2011年は主に二軍でプレーし、77試合に出場して打率.291、13本塁打、43打点を記録した。2年目は一軍で68試合に出場して、プロ初本塁打を含む5ホーマーと大器の片鱗を見せた。

 注目のプロ3年目は、オープン戦でいきなり6本塁打を記録して開幕一軍を勝ち取り、強打を武器にレギュラーに定着した。途中ケガでの離脱もあり出場は104試合に留まるが、最終的に打率.295、11本塁打、41打点と前年を大きく上回る成績を残した。この活躍で柳田は不動のレギュラーになり、2年後の2015年にはトリプルスリーを達成することになる。

 昨年シーズン、プロ入り3年目で飛躍を遂げた選手は中日の柳裕也だろう。2017年ドラフト1位で中日に入団した柳だったが、1年目はヒジ、次に背中とケガが続き、わずか11試合しか登板できずに終わってしまう。成績も1勝4敗と負け越してしまった。翌2018年はプロ初完投を記録するなど飛躍が期待されたが、前年と同じく背中を痛めて満足にプレーできず、10試合に登板して2勝5敗。2年連続で悔しいシーズンを送ることになる。

 しかしプロ3年目の2019年は開幕から先発ローテーションに定着し、前半戦だけで9勝を挙げる活躍を見せる。特に交流戦は3戦全勝で防御率は1.17を記録。2年間でわずか3勝だった選手とは思えない抜群の安定感を披露した。残念ながら後半戦は失速して2勝にとどまったが、それでも11勝7敗と2ケタ勝利を記録した。

「プロ3年目に飛躍を果たした選手」を紹介した。プロ入り3年目となると、さすがにチームとしてもある程度の結果を期待するもの。ある意味で「勝負の1年」となるだろう。清宮や安田には、イチローとまではいかないまでも、一軍レギュラーに食い込むような成績を期待したい。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM