一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

阪神寮長は鬼じゃなく、仏だった



表紙は阪神・村山実兼任監督


 今回は『1970年9月7日号』。定価は80円。

 成績不振の責任を取り、球宴前に辞表を提出したヤクルト・別所毅彦監督。そのときは慰留した松園オーナーだったが、成績が好転せず2度目の11連敗を喫したため、8月20日、松園オーナー自ら別所の家を訪れ、夫人、長女同席の下、解任を伝えた。
 さらにこのとき、別所を2カ月にわたり渡米させ、米球界を勉強してもらう、とも言った。
 別所は、
「びっくりした。必要なら呼び寄せればいいのに。自ら解任の理由を説明してくれた。こんなオーナー聞いたことがない」
 と感激していたという。
 おそらく人の好さもあって、クビを切る別所をなるべく怒らせないようにと思ったようだが、ここから事態はさらに混乱する。別所に「後任は誰が」と聞いたところ、「武上四郎」を推薦。
 これに対し、「ああ、それはいいな」になり、その後、「武上君に兼任監督になってもらう」と記者たちに発表してしまった(オーナーではなく、球団常務から)。

 ただ、資質がどうかは別にし、武上は当時プロ4年目の29歳。何より、まったく事前の相談をしていなかった。練習中の武上を呼び出し、就任要請をしたが、当然、拒否。急きょ小川善治の監督代理が発表された。

 もちろん、これは仮処置。次期監督には松園オーナーが親しいこともあって、中西太と義理の父・三原脩(当時近鉄監督)がセットで来る、あるいは元南海監督・鶴岡一人が来る、という2つの説が出ていた。

 阪神の寮長となった元刑事・沼本喜久氏の記事もあった。捜査一課で殺人強盗専門だったというからコワモテかと思ったが、あだなは「仏のヌマさん」。阪神が兵庫県警に依頼し、選ばれたらしい。
 当時阪神は、その前の寮長が退団を言い渡され、正面玄関の鉄扉には鎖で開けられないようになっていた(横門はカギがなく、簡単に出入りできたが)。

 巨人の王貞治が打率、本塁打で首位に立っていたが、打点がなかなか伸びない。
 少し話が先走るが、王はこの年、47本塁打、打率.325で打撃2冠、さらに最多安打、最多塁打でもあるが、打点は93。一方、長嶋は打率.269、22本塁打ながら105打点で3年連続打点王となっている。

 これは1つに三番・王、四番・長嶋という打順と、王の出塁率の高さがある。王は119四球もあって出塁率は.476だったが、四球とはいわば単打のようなものでもある。
 好機に王は勝負してもらえず、打点のない“単打”が多く、四番・長嶋の前のおぜん立てをするケースが多かったということだ。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM