木村昇吾さんが西武を最後にプロ野球を引退後、クリケット選手に転向というニュースに驚いた記憶はまだ鮮明だ。そもそも、日本人にとって馴染みの薄いクリケットというスポーツはどういうもので、木村さんはどこを目指しているのか? 栃木県佐野市のクリケット場でトレーニングに励む木村さんを、パンチさんが訪ねました。
※『ベースボールマガジン』2019年1月号より転載

競技人口は世界2位、プロのトップは年収20億円



パンチ佐藤氏(左)、木村昇吾氏

 2003年、横浜ベイスターズの一員としてプロ野球選手としての人生をスタートした木村昇吾さん。その後、広島東洋カープ、埼玉西武ライオンズと3チームを渡り歩き2017年、15年間の現役生活に終止符を打った。木村さんが第二の人生に選んだのはクリケット選手への転向だった。日本ではまだ馴染みがないクリケットに、パンチさんも興味津々でスタートした対談だった

パンチ 木村君の引退後を見守っていた人は、おそらくみんな「なぜクリケットなのか」という疑問があると思うんだ。どういう経緯でクリケットにたどり着いたの?

木村 2017年に来季は契約しないと言われて、トライアウトを受けました。16年にライオンズへ移籍した直後、前十字じん帯を切ってしまったんですね。リハビリをして1年後に復帰したんですけど、プレーは全然ダメで、一軍で勝負できる状態ではありませんでした。でも、そこからトレーニングをして、クビと言われた10月ごろにはだいぶよくなっていたんですよね。だから、まだ志半ばという感覚でした。

パンチ「もう1年、時間をくれたら結果を残せますよ」という感覚だったんだ。トライアウトの結果はどうだったの?

木村 内容はよかったです。フェンス直撃の二塁打を打ったりして、自分なりには「いけるぞ」という気持ちはありましたね。でもNPBのチームからのオファーはなかったです。ありがたいことに社会人野球や独立リーグからは「コーチ兼任での契約はどうか」というお話はいただきました。

パンチ 最近はそうやってNPBから社会人野球に進んだり、独立リーグでプレーする人も多い中、どうしてそちらに行かなかったの?

木村 アスリートとして100パーセントでやりたかったんです。もちろんコーチは素晴らしい職業ですけど、志半ばだったので、まずは現役をやり切りたかった。兼任コーチだと100パーセント、アスリートではないじゃないですか。

パンチ アスリートとして燃え尽きたかったんだ。

木村 はい。それに当時はアスリートだけでもやれると思っていました。それはいい結果を残す、残せないというのではなくて、自分の100パーセントの力で勝負できるという気持ちの部分ですね。だからコーチ兼任という部分には心惹かれなかったです。それで、いろいろなお誘いをいただいている最中にクリケット転向の話が来たんです。

パンチ クリケットって言うと、白いパンツに白いポロシャツを着たおしゃれな金髪の人たちが、走って、ボールを打ってというイメージしかないんだよね。あれをやろうって思うのが意外でした。日本では未知の競技なのに、なぜクリケットにグッと心を動かされたの?

木村 野球の原型というか、野球で培った技術がそのまま生きるというのがまず大きかったです。あと、パンチさんがおっしゃった白いポロシャツを着てプレーするのは伝統と格式の高い、昔のイメージで、実は今、インドやオーストラリアではもっとカラフルなユニフォームを着て、年収20億円稼ぐ人がいるプロスポーツなんです。

パンチ ええっ? そうなの? ここ、しっかり伝えないとね!

木村 はい(笑)。20年くらい前まではお金を稼げるスポーツではなかったんですけど、今はインドやオーストラリアでプロリーグが発足していて、昔は趣味でクリケットをしていたと思うんですが近年は違うんです。しかも競技人口は世界第2位なんですよ。サッカーが1位でクリケットが2位、バスケットが3位だったかな。

パンチ そうか! それは失礼しました。全然、知らなかったよ。

木村 インドだとクリケットの試合の視聴率が、たとえば国際試合だと80パーセントくらいの数字を出すんだそうです。

プロ野球選手からのクリケット転向第1号


パンチ へえ! 驚きだな。単なる想像だけで、貴族のスポーツだと思っていました。そういう話を聞いて「よし、稼いでやるぞ」という気持ちになったの?

木村 もともとは格式と伝統のある、貴族がやるスポーツが、インドでショービジネスになって、新たにもっと短い時間で誰もが観戦しやすい競技になったのが現代のクリケットです。今、エンターテインメントとしてのスポーツ観戦は3時間が限界だと言われているので、もっと見やすいように改良されてきました。

パンチ そう、クッキー食べて紅茶飲みながら一日がかりでやるというイメージだった。

木村 それを短くして、今に至っています。今、インドはお金もあり、勢いもあって、新しい娯楽を求めています。そして公用語が20近くあるので、トークを中心とした番組を作ってもなかなか全員には伝わらない。でも、スポーツなら公用語が違う民族でも分かりやすく楽しめる。そこでショービジネスとしてクリケットが昇華されたんです。インドはいまだに貧富の差が激しいですけど、稼ぎたい人はアメリカドリームならぬ「インディアンドリーム」のようなムードで、クリケットで稼ごうと思っている。今、日本のNPBで年俸が高い球団の平均年棒が9000万円くらいだそうですが、インドのIPL(インディアン・プレミアリーグ=インドのプロクリケットリーグ)の平均年棒は2億9000万円なんですよ。

パンチ 平均が? それは夢があるね〜。で、木村君は今、どんな形式でプレーをしているの?

木村 僕はワイヴァーンズという日本のクリケットチームの一員です。今、日本には1部で8チーム(2018年度)。それが3部まであります。

パンチ プロなの?

木村 いえ、プロではありません。今はまだ身銭を切ってプレーしている状態ですね。

パンチ それでもやってみたいと思ったの?

木村 はい。でも最初は迷いました。クリケットをしたこともなかったですし。ただ、日本クリケット協会の方が「元プロ野球選手でクリケットに転向してくれる人がいないか」と日本プロ野球選手会に話を持ってきてくれていて、それを教えてくれたのが西武の担当記者だった人なんです。僕と同級生で、僕の性格やプレースタイルもよく知っていて「昇吾君にこの話は合うんじゃないか」と言ってくれたんです。「野球で培った技術が生かせるよ」「海外で稼げるよ」「日本でもプロ野球から転向した人は過去にいないよ」と、うまいことを言ってきたんです(笑)。話を聞いて、5分くらいで「これは挑戦するだろうな」と思いました(笑)。それくらい魅力的でした。
       
 一面天然芝のグラウンドの真横で対談は行われた。身振り手振りでパンチさんにクリケットのプレーを説明する木村さん。自身も「とにかく試合をしてみないと、どんな技術が足りないのか分からなかった」と転向当時を振り返る。そしてすぐに訪れたのが、日本代表への選出だった。国旗を背負う重圧や、失敗できないという恐怖も味わった。同時に、やりがいも感じていると話す。

 クリケット専用グラウンドがあるのは栃木県佐野市。練習のある日は車で2時間かけて通う。社会人野球や独立リーグのチームの誘いを断ってでも木村さんがこだわった「現役」。その情熱を今はクリケットに傾けている。

簡単すぎて難しい? クリケットのルールとは



さすが元プロ野球選手だけあり、クリケットの打撃でも鋭い打球を連発していた

パンチ まずは、分かりやすくルールを教えてくれる?

木村 半径70メートルほどの円形のフィールド内でプレーします。その真ん中でプレーするんですが、投手にあたるボーラーというポジションの選手は、ヒジを曲げずボールを投げます。ウィケットという標的めがけて投げてきて、それに当たったらアウト。なので、打者はウィケットに当てられないように、ガードする意味でもボールを打ちます。野球のように右打者と左打者がいます。ウィケットに当たらないと思ったら見逃してもいいんですけど、当てないと永遠に点数にはならないので。

パンチ 投球はショートバウンドでもいいんだよね?

木村 そうですね。世界のトップは150キロくらい出る人もいて、日本人では120キロくらいでしょうか。

パンチ へえ! 150も出るんだ。

木村 はい、野球と違うのはスピンボールというのがあって、めちゃ曲がるんですね。パンチさんもご存じだと思いますが、野球の場合は曲がるのは一方向じゃないですか。フォークならフォークの軌道、スライダーならスライダーの軌道だけです。でもクリケットはバウンドするので、バウンドしたあとに逆方向に曲がる場合もあるんです。

パンチ 卓球みたいなもんだ。

木村 そうですね。だから最初、日本でプレーさせてもらったとき、日本代表の選手が投手を務めてくれたんですけど、スピンボールには、まぁ、当たらなかったですね(苦笑)。

パンチ スピンは何キロ?

木村 90くらいですかね。

パンチ じゃあ、120キロくらいのストレートと、90キロくらいのスピンが来るんだ。それは難しいだろうな。

木村 飛ばせたボールもあったんですが、ワンバウンドのボールはなかなか当たらなかったですね。とにかく体のほうにボールが向かってくるので、怖いんですよ。僕、現役時代に大谷翔平君の160キロ近いストレートをセンター前に打ったことがあったんですが、そんな人間が90キロのスピンボールに手も足も出ない。まったく当てることができないんですよ。しかも前だけじゃなくて、後ろにも横にも打っていいので、野球で言うところのファウルでもいいので最初は不思議な感じでした。

パンチ 野球より難しいんじゃない?

木村 そうかもしれません。どんな打ち方をしてもいいので、野球であれば僕のような左打者は左足を軸にして右を前方に出すじゃないですか。でも右足を前ではなく90度横に出して、野球で言うサードの方向を狙って打ってもいい。全方向に打てる技が必要なんです。

パンチ それで、守備はどうするの?

木村 素手で捕ります。

パンチ 触らせてもらったけどかなり硬いボールだよね?

木村 野球に比べると硬いですね。でも、徐々に慣れてきます。得点の入り方はなかなか言葉では説明が難しいんですが……。

パンチ 誌面ではなかなか伝わらないね。

木村 でも、やってみると簡単なんですよ。簡単すぎるから、おそらく難しく感じるんです。

ラグビーW杯の盛り上がりには悔しい思いもあった


パンチ じゃあ、クリケットならではの楽しさってどんなところ?

木村 まず野球を続けてきた技術は間違いなく生かせます。でも、そのほかにクリケットに必要な技術や特性を学ばなければうまくなれない。今までやってきたことを生かしながらも、新しいことに挑戦できる。うまくなっていく過程、できなかったことが、できるようになる楽しさがありますね。

パンチ そうか。分かるなぁ。もう、今の段階でクリケット、見たくなったもの(笑)。この間のワールドカップでラグビー人気に火がついて、これまでは見ていなかった人も大勢、見るようになったでしょう。クリケットもきっかけがあればもっと見る人が増えるんじゃないかな。

木村 いや、本当に楽しいと思いますよ。ラグビーのワールドカップ、盛り上がりましたし、僕も日本人として感動しましたけど、正直、悔しい気持ちもあったんです。僕もクリケットの日本代表なので、あれくらいクリケットも盛り上がってほしいし、すでに世界ではクリケットもラグビーのようなメジャー競技なので、注目されずに悔しいなって正直、思いました。

パンチ でもインターネットの動画サイトが発達している今なら、きっかけさえあれば見たいと思う人が増える可能性はあるね。なんとか普及させたいなぁ。では、今はどんな夢を持っていますか?

木村 まずはプレーヤーとしては、インド最高峰のプロリーグであるIPLでプレーすることですね。去年、見に行ったんですが、試合を見ていて「やっぱり見るものじゃないな。自分でプレーしたいな」と思いました。あの場に立たないと、ボールがどうだったとか、打球がどうだったとか、体感できませんからね。あとは日本クリケット界の夢としては、プロ化できるくらい盛んな競技になりたいなと思います。

パンチ 日本でプロ化かぁ。大変そうだなぁ。

木村 まず周知してもらうには、プレーヤーとして先頭を走る人が必要です。メジャーだったら野茂英雄さん、サッカーだったらカズさん(三浦知良)。ああいった先駆者がいないと、みんなが注目してくれないと思いますので、まずは自分がその第1号になりたいです。


プロ野球では内野の全ポジションと外野を守れる俊足選手として活躍。横浜、広島(写真)、西武の3球団でプレーした

パンチ 第1号になってください! 応援するよ! そして、この企画では現役時代の話も少し聞かないといけないんだけど、僕はもうクリケットの話が楽しくて、十分だと思うんだけど(笑)。現役15年の中で、何がいちばんの思い出ですか?

木村 広島時代、クライマックスシリーズに初めて出場したときですね。甲子園で試合をして、ファーストステージに勝った瞬間です。ある一定のレベルまで行くと個人の成績より、チームの勝利が大事になるんだということを実感した試合でした。

パンチ ああ、それ、僕はその域まで行っていなかったんだよ。

木村 僕もそれまでは、パンチさんと同じでした。でも「チームのために」とか「一体感」という言葉の意味を本当に知った試合を経験できました。それまでは正直、ほかの選手の活躍が素直に喜べなかった。厳しい世界ですから、それが当然だと思っていたんです。でも、クライマックスシリーズは違いました。バリントンというピッチャーがいて、彼はその日、登板しなかったんですが、最後の場面にベンチにいて勝利の瞬間、誰よりも大きなアクションで、大きな声で喜んでいたんです。それを見て「ああ、これが一体感というものか」って心地よかったんです。プロ野球選手として、チームにために戦うってこういうことなんだなって思えました。

パンチ 僕は残念ながら一回も感じたことがなかったな。

木村 それを感じることができたことが現役生活でのいちばんの思い出です。どんなヒットやどんなホームランよりも、あのクライマックスシリーズの勝利がいちばんの思い出です。

パンチ それはいい経験をしたね。そして今日はいい話をたくさん聞けました。ありがとう。ぜひクリケット界の先駆者になってください!

木村 はい、ありがとうございました。

パンチの取材後記


 車からパッと出てきた姿を見た瞬間、現役のアスリートという空気だったよね。さわやかな風が吹きました。そして体からは火が出ていましたね。まだまだ燃えたぎっている気持ちが感じられました。クリケットを愛する気持ちが言葉からも伝わってきて、すーっと僕の心に染み渡りました。話していて10分、15分で引き込まれていき、テレビで見てみたい競技だと興味がわきました。

 どんな世界でも第一号というのは大変ですよ。野茂選手の姿も見ていたので、その苦労は分かります。だから、もし木村君がインドのプロチームに入るようなことがあれば、全力で応援したいですね。あと、木村君の話を聞いていると、クリケット界全体のことを考えていて、非常に視野の広い、賢い人だと分かりました。昔、お会いしたことのあるラグビーの平尾誠二さんと似ていると感じました。平尾さんもラグビーの普及、発展に尽力した人ですよね。木村君も「クリケット界の平尾」になる予感がします。

●木村昇吾(きむら・しょうご)
1980年4月16日生まれ、大阪府出身。尽誠学園高から愛知学院大を経て、ドラフト11巡目で03年横浜入団。07年、交換トレードで広島移籍。16年西武にFA移籍。17年限りでプロ野球を引退すると、クリケット選手に転向。現在は国内クラブチームのワイヴァーンズに所属しながら、海外でのプロチーム入団を目指している。NPB通算成績は733試合出場、打率.261(294安打)、3本塁打、71打点、34盗塁。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=市川忍 写真=犬童嘉弘