昨シーズン、2010年から阪神の先発陣を支え続けてきたランディ・メッセンジャーが引退した。助っ人ながら阪神在籍10年のうち6年で開幕投手を務めた(球団記録タイ)、まさにチーム史に残るエースだった。今回は、このメッセンジャーのように「チームを支えた助っ人エース」を紹介する。

現役の助っ人エースは?



広島・ジョンソン

 現役選手では、広島のクリス・ジョンソンがエースと呼べる存在だ。来日1年目の2015年に14勝7敗、防御率1.85と活躍して最優秀防御率のタイトルを獲得。翌2016年も15勝7敗と圧巻の成績を残し、外国人選手としては史上2人目となる沢村賞に選ばれた。2017年は不調だったが、2018年、2019年と2年連続で2ケタ勝利を挙げ、左のエースとしてチームをけん引している。

 広島は過去にもエース級の助っ人を何人も獲得しており、特に目立った活躍を見せたのが2008〜2009年に在籍したコルビー・ルイスだ。1年目は15勝8敗、2年目も11勝9敗と安定した投球で、黒田博樹がMLBに移籍した穴を埋めた。ちなみに、ルイスは広島退団後にMLBのレンジャーズに移籍。黒田との「元広島エース対決」も実現している。

 1990年代に広島で活躍したネイサン・ミンチーも、在籍3年間で29勝とエース級の成績を残した選手。広島退団後はロッテに加入し、そこでも助っ人エースとして黒木知宏や清水直行ら日本人エースとともにチームに貢献した。特に2001年は12勝14敗と負け越したが、パ・リーグでは史上初となる外国人投手による最優秀防御率のタイトルを獲得した。

懐かしい助っ人エース



近鉄・パウエル

 1990年代から2000年代前半にかけては、ミンチーのほかにもエース級の活躍を見せる外国人投手たちが多数いた。例えば近鉄のジェレミー・パウエル。2001年に加入すると1年目から先発ローテーションに定着し、2年目の2002年は最多勝と最多奪三振のタイトルを獲得。翌2003年も14勝と、同僚の岩隈久志とともにエースとしてチームを支えた。

 ほかには、ロッテでプレーしたエリック・ヒルマンや同時期に日本ハムにいたキップ・グロスも、外国人助っ人ながらエース級の活躍を見せた選手。ヒルマンは入団1年目の1995年に12勝、2年目には14勝と活躍し、同僚の伊良部秀輝と遜色のない成績を残した。日本ハムのグロスは、1995年に16勝、1996年は17勝で、2リーグ制となって以降では外国人初となる2年連続最多勝を記録。在籍5年で55勝49敗の成績を残した。

エースとしてチームをけん引した往年のレジェンド



阪神・キーオ

 往年のレジェンドでは、西武で活躍した郭泰源や、ロッテ先発陣の一角を支えた荘勝雄が挙げられる。ともに台湾出身の国民的英雄で、チームになくてはならない存在だった。また、この2人と同時期に阪神でプレーしたマット・キーオも偉大な助っ人エースだ。阪神加入1年目から開幕投手を任され、この年は11勝。翌1988年は12勝、1989年は15勝と、下位に低迷し続けるチームの中で孤軍奮闘の活躍を見せた。

 さらに時代をさかのぼると、1960年代には、阪神のジーン・バッキー、南海のジョー・スタンカという外国人エースがいた。1962年に阪神に加入したバッキーは、3年目の1964年に29勝と大ブレークし、外国人初の沢村賞に選ばれた。その後もチームの看板選手である村山実とともに二枚エースとして見事な投球を続けた。「赤鬼」の異名を持つ南海のスタンカも、1年目から投手陣の柱としてプレーした選手だ。1964年には26勝を挙げ、日本一にも貢献。杉浦正とともに1960年代の南海を支えた。

「チームを支えた助っ人エース」を紹介した。チームが優勝するには、助っ人外国人選手の活躍が不可欠。今シーズンはどんな助っ人がエースとしてチームをけん引する存在になってくれるのか、非常に楽しみだ。今のところ最有力候補は西武のザック・ニール。来日1年目の昨季は外国人選手では史上4人目となるシーズン11連勝を含む12勝を挙げてリーグ優勝に貢献。今季は開幕投手に指名されている。ぜひ今シーズンは、ニールがどのような活躍を見せるのかにも注目していただきたい。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM