一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

なぜ左の加藤を9人目に使ったのか



7個目の三振は阪急・阪本敏三


 今回は『1971年8月2日号』。定価は90円。

 同じ号からもう1ネタ。
 7月17日、放棄試合の喧騒から4日後の西宮球場が、さらなるドラマの舞台となった。

 オールスター第1戦、川上哲治全セ監督(巨人)は「この日の目玉商品は」という質問に江夏豊と田淵幸一の虎バッテリーを挙げた。

「まさか俺が1位に選ばれるとは思わなかった。今年はダメだと思っていた。それなのにファンは俺を選んでくれた。期待に応えるために大リーガーでもやれなかったことをやってやろう。三振取れるだけ取ってやろう」
 オールスター、セの投手部門で1位に選ばれた阪神・江夏は9つのアウトをすべて三振で打ち取ることを決意していたという。
 6勝9敗と成績不振の中で選んでくれたファンへの感謝と、冷やかすような目で見る意地の悪い関西マスコミへの意地だった。
 
 初回、全パの有藤通世、基満男、長池徳二と3人を三振を斬って取る。
 ただ、このときはまだ球場は静かだった。
 江夏の三振ショーは球宴の売り物の1つ。前年の球宴でも5連続奪三振で終わっていた。

 わき始めたのは、2回セの攻撃だ。江夏がなんとライト上段に飛び込む3ラン。川上監督がベンチから飛び出し、「江夏、よう打った。お前は怪物やな」と祝福した。
 一方、パのベンチから江夏に対し「お前、場所、間違えたんじゃないか。名古屋に行け、名古屋。(相撲の)名古屋場所だ」とヤジっていた張本勲(東映)は苦笑いして、頭をかいていた。

 続く2回は江藤慎一、土井正博、東田正義と3連続で6連続三振。
 3回は阪本敏三、岡村浩二を簡単に仕留め、続く投手・米田哲也の代打に、売り出し中の阪急・加藤秀司が登場した。
 ただ、加藤は左打者だ。しかも阪急・西本幸雄監督が左投手にときに外すこともあった。右なら南海・野村克也兼任監督がいたが、全パ・濃人渉監督(ロッテ)も遠慮したのだろう。

 ともあれ、球場は不気味な静寂に包まれ、3万人の6万の目が江夏に向く。

 第1球ストライク、わっと大歓声。
 第2球ボール。ふうっというため息。
 第3球、ネット裏方向へのファウル。このとき球を追った捕手・田淵に江夏が大きな声で「ブチ、捕るな」と声をかけた。

 ご存じと思うが、この時点でこの言葉は「三振に取るから、捕らんでいい」という意味と思われたが、のち江夏が明かしたのは「ブチ、追うな」だった。
 どうせ追っても捕れないのは分かっていたから、おかしな間ができて、ピッチングのリズムが崩れるのが嫌だったという。

 4球目、空振り三振。江夏の左腕が空に向かい、跳ね上がった。

 江夏はその後、交代したが、後続投手も全パを抑えきり、試合は全セが継投ノーヒットノーランで勝利した。
 川上監督は「いやあ、速いのなんのって。全然かすりもしない。たまげたねえ」と江夏を絶賛。
 ベンチ裏では、評論家の杉下茂が「速球の効果だ。あれだけ速いとバットがどうしても出てしまう。しかし江夏の全盛期はもっと速かったですけどね」と語っていた。
 一方、怒っていたのが、NHKの解説をしていた阪急・西本幸雄監督だ。
「左対左でなんで加藤を使ったんだ。加藤のよさを本当に生かそうと思ったのか」
 直前に放棄試合をやってしまった濃人監督は、それじゃなくて采配を酷評されることが多かったが、この日もお祭りにもかかわらず、総攻撃を食らった。
 自身は、
「僕は腹芸ができる人間じゃない。最上と思える方法をやったまで」
 と言葉少ない。

 気になったのがベンチに戻ったときの江夏。次々握手を交わしたが、なぜか阪神・村山実兼任監督とはしなかった。当時、2人の確執もウワサされていた。
 
 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM