一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

引退を決意した長嶋茂雄の一言



表紙は左から巨人・長嶋茂雄、ロッテ・江藤慎一


 今回は『1971年9月20日号』。定価は90円。

 元西鉄の豪傑投手・河村英文の手記から一部を紹介しよう。1954、55年と2年連続20勝もあったシュートピッチャーだが、このときはすでに引退し、現役時代同様、怖いもの知らずで、ぐいぐい攻める辛口の評論家として人気があった。
 投手の決め球というテーマだった。

 打者の心理を推察してみよう。本来、投手対打者は投手が優位に立っている。なぜなら、投手は自己の力と技術さえ確かなら、意のままに投球することができるが、打者は次に投げられる球を予測することしかできないのだ。
 そんなハンデのうえに、相対する投手が勝負球を持っているとすればどうだろう。
 追い詰められないうちに打とうと思うのは当然だろう。そこに投手がさらに有利な立場になれる要素が入ってくる。
 ボール球に手を出させる方法だ。

 村山(実。阪神)が好調だったころ、彼のフォークの伏線になったのは低めいっぱいの速球だった。フォークもこの軌跡を通ってきて、打者の手元でボールゾーンに落ちた。現役時代、稲尾和久(西鉄)のスライダー、杉浦忠(南海)のシュートも、打者が引っ掛かったのは、ほとんどがボール球だった。

 勝負球を持つ投手が打ち込まれる場合がある。
 1つはボールになる球を投げずにストライクを投げた場合。もう1つのケースは、その球を乱用した場合だ。ことわざのようなものに、怖いと思えばススキもお化け、というのがあるが、勝負球は本当に必要があるときに使って、ぞっとさせればいいのだ。

 38年(1963年)の4月18日、試合後の私は巨人のベンチに駆けていって長嶋(茂雄)を探した。広島にいた私は、この試合で長嶋に、ウイニングショットのシュートを広島球場のバックスクリーンに打ち込まれた。
 このシュートは自分でも最高に切れたと思ったし、コースも思い通りヒザ元をえぐった。それを軽々とホームランされたのである。納得がいかない。

 長嶋は僕の顔をじっと見てこう言った。
「あの球はよく切れたシュートでしたね」
 まだシーズンが始まったばかりだったが、この一言で、私は自分のシュートが勝負球でなくなっているのを知り、プレー断念の決意をした。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM