一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

ロッテ・江藤慎一のセ・パ首位打者はなるか



表紙は巨人・高田繁


 今回は『1971年9月27日号』。定価は90円。

 ペナントレース終盤、セ、パの打率トップの話。
 パはロッテの江藤慎一が、チームメートのアルトマンと抜きつ抜かれつの戦いをしていた。
「おそらく最後までこんな状態で行くだろうな。同じチームというのは嫌だが、ここまで来た以上は絶対に引き下がれない。ワシは打率争いに慣れているんや。競ったら必ずタイトルを取っている」
 中日時代は2度首位打者。史上初のセ、パ首位打者が近づく。

 一方、セは35歳の巨人・長嶋茂雄。投低打高のセでは唯一の打率3割台だ。
 すでに首位打者5回。6回なら肩を並べていた先輩・川上哲治を抜き去り、単独最多だ。

 少し長嶋語録を紹介しよう。
 まずは年頭、新年の抱負を聞かれたインタビュー。
「守備の負担を減らしため外野に転向したらという人もいるが、人の商売がよく見えだしたら人間終わりですよ。僕は三塁のホットコーナーを守ってきた。三塁ベースは僕の恋人です。それが守れなくなったら、僕は潔く引退しますよ」
 前年は打率.269の大不振で、限界説もささやかれていた。

 次はベロビーチキャンプで、ミスターオリオールズと言われるブルックリン・ロビンソンと会った際、
「ロビンソンが帽子を取ったとき、アリャアリャと思ったね。すごく(髪が)寂しくなっていて。年を聞いたら、35歳という俺と同じだぜ。その俺はこのとおりフサフサさ。あれで自信を持ったね。年なんか気にせず、俺はバリバリやれるって。ベロビーチに行った最大の収穫はあれだったかもね」
 
 一方、王貞治は不振の真っ只中にいた(とはいえ、打率.287の36本塁打ではあるが)。
 9月5日には川上監督から試合前、
「一番と五番どちらがいい」と聞かれた。
 かつて首位打者を競っていた時期、打率を上げるために一番になったことはあるが、自分の不振からの打順変更は若手時代以外なかった。
 チームは4連敗。川上監督の何かしなければという思いからだったのだろう。

 しかも王が五番に入ったこの日、連敗がストップ。「王を動かしたら局面も動いたな」と川上監督は笑顔。
 王も顔がすっきりしていた。無安打ではあったが、3打席目、四球ながらベンチに戻った王は国松彰コーチに言った。
「クニさん、やっとつかんだよ。もう大丈夫だ。ありがとう」
 王は言う。
「一本足のタメができた。結局、これだったんだ」
 王は翌日、多摩川で打ち込み、この日の試合では37号を放った。
「力いっぱい振ったのでもないのに、よく飛んだな。もうOKです。
 一本足をぴたっと静止させてボールを呼び込む。それだけのことで、こんな回り道をした。つまらないようだけど、いい勉強だった。3割に死力を尽くせる自信が出た」
 と話していた。

 では、またあした。

<次回に続く>