歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

ヤジがもたらす不幸な関係



中日・大豊泰昭

 いつの世も誹謗中傷は絶えない。たいてい、高くて安全な場所から、多数派をたのみに少数派へ向かって攻め立てる。常習者もいるらしい。もちろん、高くて安全な場所、というのは比喩だが、これが比喩とも言い切れないのがプロ野球のヤジだろう。発信源は強いファウルボールさえ防ぐネットの向こう側、観衆の中にいる。1人のヤジが、もう1人のヤジを呼ぶこともあるから厄介だ。

 かつて、ロッテの金田正一監督が執拗にヤジを飛ばす観客に対してバットを持って威嚇したのは有名だが、これが選手なら、数日前に紹介した足立光宏のように「騒ぐなら騒げ」と聞き流し、自分の仕事に集中することに務めるしかないだろう。監督にアンパンを投げつけた観客に「お前なんかファンやない。入場料を返すから帰れ!」と怒鳴りつけたのは阪神の金田正泰だが、かつては物、しかも中身の入ったビンやカンが飛んできたりしていて、それに比べればマシという話でもない。選手も監督もコーチも、みんな人間だ。不屈の魂で聞き流し、我慢を重ねているが、それだけに、その我慢が限界に達すると、思わぬ衝突につながってしまう。

 1997年に中日の大豊泰昭が観客にバットを投げつけた瞬間を思い出すファンも少なくないだろう。台湾に生まれ、巨人の王貞治にあこがれて、日本人として入団するため7年も遠回りして89年に25歳で中日へ入団した男だ。大豊が紡いだ不屈の物語については別の機会に詳しく紹介するが、目指すは王と同じ“一本足打法”からの本塁打。94年には38本塁打で念願の本塁打王に輝いたが、本拠地がナゴヤ球場から広いナゴヤドームとなった97年は、腰痛もあって苦しいシーズンだった。

 これも残念なことだが、どういうわけか悪いことは続く。6月には、セ・リーグが野球の国際化を視野に入れて招聘していたディミュロ球審のストライク判定に、「ホワイ、ストライク?」と言ったら、いきなり退場を宣告され、これで試合は紛糾。その約1カ月後、同じ横浜戦だった。悪いことは続き、そして重なる。よりによって試合が終わり、中日は敗れ、3打数も無安打に終わった大豊に「台湾に帰れ!」というヤジが飛んできた。

 もちろん、何を言われてもバットを投げつけてはいけない。すぐに大豊は球団から事情聴取を受けて、3試合の出場自粛。だが、それでヤジが容認されてもいけない。結果に誰よりも苦しんでいたのは大豊だったはずだ。わざわざ言う必要のない内容というもヤジの特徴だろう。そんなヤジを飛ばしてみても、物事が思いどおりになることもあるはずがない。

「ヤンキー・ゴーホーム!」の屈辱



近鉄・ブルーム

 その36年前、やはり国籍にまつわるヤジがトラブルを招いたことがあった。被害者であり、加害者となったのは近鉄のジャック・ブルーム。東映から巨人にかけて、通算3085安打を放った張本勲が認めた打撃テクニックを持つ助っ人で、ふだんは紳士的な男だった。

 敵地の西宮球場での阪急戦の5回裏。二塁手として軽快にゴロをさばいたブルームに対して、阪急ファンから「ヤンキー・ゴーホーム!」とヤジが飛ぶ。まだ、客席が高くて安全とは言い切れなかった時代。近鉄の千葉茂監督が「目にも止まらぬ早業にワシも見とれてしまったよ」と言うほど、ブルームの反応は素早く、そして、すさまじかった。一塁側のスタンドに駆け上がったブルームは、ヤジの主をロックオン。何もできないヤジの主を突き倒し、蹴り始めた。ベンチに連れ戻されたブルームだったが、「あの言葉はアメリカ人には屈辱。許せない」と、怒りが収まらなかった。

 もちろん、何を言われても突き倒し、蹴り飛ばしてはいけない。ブルームは7日間の出場停止と5万円の罰金。刑事処分も検討されたが、「ヤジの内容にも問題があり、悪質なヤジの常習者でもあった」ということで見送られている。

 無観客で開幕した2020年だが、球場で観戦できる日も必ず来るだろう。もうヤジなど飛ばしている場合ではない。敵であれ味方であれ、目の前で全力を尽くす選手たちに声援を送り、称えたほうが、プロ野球を見られる幸せは増すはずだ。

文=犬企画マンホール 写真=BBM