一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

3割打者2人が抜けて大丈夫か



陽気な性格で人気があったロペス


 今回は『1971年10月25日号』。定価は90円。

 両リーグ首位打者となったロッテ・江藤慎一のトレード話の続編だが、まずは相手の大洋・野村収の事情についても少し書いておこう。
 野村は駒大から69年ドラフト1位で入団した右腕。やや伸び悩み、71年はリリーフ中心に35試合に登板し、4勝3敗だった。
 森社長は「最初は平松(平松政次)か小谷(小谷正勝)と言われたんですが、それはできないと断ったら野村ということだった」とえびす顔だったが、秋山登投手コーチは「せっかくここまで育てて、来年は15勝と思っていたのに」とガッカリしていた。
 確かに4勝ながら124回3分の2を投げ、防御率2.23は悪くない。

 話を戻す。東京球場での最終戦終了後に行われた江藤の移籍会見には中村オーナー、武田代表、大沢啓二監督が出席。本人の姿はなかった。
 大沢監督は、
「野村のピッチングには私がファームの監督時代から惚れていた。江藤の放出は痛いが、濃人(濃人渉)さんのあとを受け、56試合戦ってみて、何より強力な投手陣が大切だということを痛感した」
 と語った。

 会見には出なかった江藤は、その後で記者に囲まれた。やり取りを再録する。
 最初は何を聞かれても沈黙。しばらくして、
「あまりに突然のことで頭の整理がついていない。ただ、中日を退団したときとはまったく違うから。その点ではまだいいと思っている。オーナーに一任する」
 大洋行きについて。
「2年ぶりのセ・リーグだが、大洋というチームはいいチームだし、打倒巨人に一員として頑張るつもりだ」
 自信は。
「私はきょうで35歳(実際には34歳)。年齢的にいって、あまり大洋から過大評価されてもこっちが困る(苦笑)」

 このとき偶然、大沢監督が江藤の後釜と期待していた問矢福雄が通りかかる。江藤は、
「おい、問矢、来年は頑張れよ。俺のロッカーにバットがたくさん入っている。あれを全部、お前にやるからな」
 通路で江藤の話を聞いていた球団関係者への皮肉だったのかもしれない。

 さらに翌日、ホテルニューオータニでロッテのロペスとヤクルトの外山義明のトレードが発表された。ロペスは3年連続打率3割台、入団から4年連続20本塁打以上。対する外山は二刀流で話題にはなったが、5勝11敗、打率は.211だった。
 松園オーナーは、「きのう江藤を出したという話を聞いて、中村さんにロペスをくれないかと電話したらOKが出た」と大喜び。
 本当かどうかは分からないが、それなら、わずか1日で決まったということになる。
 中村オーナーは、
「うちのほうが損をしたように思うかもしれないが、これから2年先、3年先をじっくり見てほしい」
 と少し渋い顔で話していた。正直、熟慮の末とは思い難い。少し調子に乗り過ぎたかな、と思っていたのかもしれない。

 大沢監督は、
「これが来年優勝しろという命令を受けたら、3割打者を2人出すようなバカなまねをしないよ。俺の目標はあくまで3年先、5年先にロッテ王国をつくること。それがオーナーに誓った夢なんだ」
 と話していた。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM