9月10日のロッテ戦(ZOZOマリン)で通算250号本塁打を放った日本ハム・中田。初の本塁打王へ視界は良好だ

 9月12日現在、24本塁打を放ち、パ・リーグの最多本塁打争いをリードしているのが日本ハムの中田翔だ。もしタイトル獲得となれば、プロ入り13年目、31歳での初本塁打王ということになる。では、「30代で初めて最多本塁打のタイトルを獲得したスラッガー」は過去に何人いるのだろうか?

助っ人外国人が多いが……


 今回は、1リーグ時代からの現在までの最多本塁打タイトル獲得者で「30代で初めて最多本塁打のタイトルを獲得したスラッガー」を調べてみた。その結果、該当する選手は以下のとおりになる。
※シーズン終了時に30代だった選手

別当薫(毎日/1950年)30歳
深見安博(西鉄・東急/1950年)32歳
クラレンス・ジョーンズ(近鉄/1974年)32歳
土井正博(太平洋/1975年)31歳
山本浩二(広島/1978年)32歳

ボビー・ミッチェル(日本ハム/1978年)35歳
チャーリー・マニエル(近鉄/1979年)35歳
トニー・ソレイタ(日本ハム/1981年)34歳
門田博光(南海/1981年)33歳
大島康徳(中日/1983年)33歳


84年の阪急・ブーマーは首位打者、打点王も獲得し、外国人としては初の三冠王にも輝いた

ブーマー・ウェルズ(阪急/1984年)30歳
ランディ・バース(阪神/1985年)31歳
リック・ランセロッティ(ランス)(広島/1987年)31歳
ラリー・パリッシュ(ヤクルト/1989年)35歳
ジャック・ハウエル(ヤクルト/1992年)31歳

大豊泰昭(中日/1994年)30歳
トロイ・ニール(オリックス/1996年)31歳
ドゥエイン・ホージー(ヤクルト/1997年)30歳
タフィ・ローズ(近鉄/1999年)31歳
アレックス・カブレラ(西武/2002年)30歳

タイロン・ウッズ(横浜/2003年)34歳
松中信彦(ダイエー/2004年)31歳
小笠原道大(日本ハム/2006年)33歳
ミチェル・アブレイユ(日本ハム/2013年)34歳
ブラッド・エルドレッド(広島/2014年)34歳

アレックス・ゲレーロ(中日/2017年)31歳
アルフレド・デスパイネ(ソフトバンク/2017年)31歳
※年齢はシーズン終了時点でのもの

 30代で初めて最多本塁打のタイトルを獲得したのは27人。27人中18人が助っ人外国人だが、これは助っ人外国人の場合、入団時にすでに30代というケースも多いためだ。日本人選手、または外国籍であってもドラフトで入団した選手で見た場合は9人。90年近く続く日本プロ野球の歴史を考えるとかなり少ない。

 2リーグ制となった1950年にパの本塁打王となった別当薫は、1リーグ時代は「ダイナマイト打線」と称された大阪の打撃陣を支えた選手。2リーグ化に伴い毎日に引き抜かれ、初年度となった1950年にトリプルスリーを達成し、初代リーグMVPにも輝いた。

 1952年に32歳で本塁打王となった深見安博はNPBで唯一の記録を持つ選手だ。この年の深見は、シーズン序盤に西鉄から東急へとトレードで放出されてしまう。しかし、東急では22本塁打と打ちまくり、西鉄時代に放っていた2本との計24本塁打でタイトルを獲得した。1シーズンに2チームに在籍した(その両方で本塁打を放った)選手の最多本塁打は現在までにこの一例のみとなっている。


78年に本塁打王となった広島・山本。球団としても史上初だった

「ミスター赤ヘル」こと、山本浩二も初の本塁打王は32歳と遅かった。山本自身の打撃が20代後半になって急激に開花したこともあるが、当時は王貞治が君臨しており、最多本塁打のタイトル獲得が難しかったのだ。実際、山本は1977年には44本塁打と本塁打王になってもおかしくない成績を残しているが、王が50本塁打を放ったためタイトル獲得とならなかった。

 松中信彦はプロ入り3年目に23本塁打を放つと、翌2000年は33本、2001年は36本を記録するも、本塁打王には届かなかった。しかし、プロ8年目の2004年は自己最多の44本塁打で初のタイトルを獲得。ほかにも首位打者、最多打点のタイトル(同時に最多安打、最高出塁率も受賞)にも輝き、平成唯一の三冠王となった。

 30代で初めて最多本塁打のタイトルを獲得した選手は、助っ人を除くと9人しか出ていない。意外とレアな記録なのだ。果たして今シーズンの中田は、それに続く30代での初本塁打王になれるのか。今後の活躍に期待したい。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM