1998年、吉井理人がメッツに入団。FA制度で初めてのメジャー移籍であった。日本でFA制度が導入されたのは1993年のオフ。長谷川滋利や伊良部秀輝はトレードでのメジャー挑戦。吉井により、FAというメジャーへの正面玄関ができたのだ。

2年目には2ケタ勝利



メジャー5年でメッツ(写真)のほかロッキーズ、エクスポズでプレーした吉井

 吉井がメッツ入りしたときは32歳。開幕直後の4月20日には33歳になった。メッツにとっては即戦力の外国人であり、本人も自覚していた。入団に当たって「セ、パ両リーグを経験したとき、もうひとつ上のレベルの野球をやりたいと思った。自信がなければ、ここまで来ることはない」と発言している。

 デビュー戦は4月5日に本拠地シェイ・スタジアムでのパイレーツ戦。先発5番手入りしての登板だった。1回を三者凡退で終えるとその裏、味方打線は3点を挙げた。4回まで1安打と危なげない内容。5回には二塁打と四球で無死一、二塁のピンチを迎えるも、続く3人を退けた。7回にも一死一、二塁とされるが無失点で切り抜け、5対0とリードして降板した。7回3安打1四球7奪三振で無失点。結局メッツは7対0で勝ち、吉井は初勝利を手にした。

 その後4試合、白星から遠ざかり、1年目は6勝8敗、防御率3.93と負け越した。それでもチーム3位の29試合に先発し、投球回数はチーム4位の171回2/3。先発ローテーションを守った。6月には近鉄時代に一緒だった野茂英雄がドジャースからトレードで加入し、メジャーでもチームメートになった。

 2年目も先発ローテーションを守り、12勝を挙げた。プレーオフではダイヤモンドバックスのランディ・ジョンソン、ブレーブスのグレッグ・マダックスという、後に殿堂入りする大投手と投げ合った。

 メジャー生活は5年間でメッツのほかロッキーズ、エクスポズの3球団でプレー。MLB通算32勝47敗、防御率4.62だった。それから日本に帰ってオリックスとロッテでプレー。引退後は指導者として、日本の球界に貢献している。

『週刊ベースボール』2020年10月26日号(10月14日発売)より

文=樋口浩一 写真=Getty Images