横浜・佐々木主浩(左)、近鉄・野茂英雄

 NPB史上初の本格的なフォークボーラーと言われているのが元中日の杉下茂だ。落差の鋭い魔球を武器に三振の山を築いたことから、“フォークボールの神様”と形容された。その後もフォークの使い手として、“マサカリ投法”の村田兆治、140キロ台後半の高速フォークで打者をキリキリ舞いにした伊良部秀輝、落差や変化が違う数種類のフォークを抜群の制球力で操った上原浩治が思い浮かぶ。

 現役の選手ではソフトバンク・千賀滉大の“お化けフォーク”がすごい。球史に残る名投手たちばかりが、特に記憶に残っている投手として、日米で活躍した佐々木主浩、野茂英雄を挙げる球界OBは多い。佐々木と野茂。あなたは“最強のフォークボーラー”にどちらを選ぶだろうか。
 

佐々木のフォークの握り

・佐々木主浩(横浜、マリナーズ)
※NPB通算 439試合登板、43勝38敗252セーブ1ホールド、防御率2.41
※MLB通算 228試合登板、7勝16敗129セーブ、防御率3.14

 日米381セーブを挙げ、最優秀救援を5度獲得。球界を代表する守護神として活躍したが、佐々木の全盛期は右ヒジを手術する前の97、98年だったと言われる。97年が防御率0.90、98年は0.64で38年ぶりのリーグ優勝、日本一に貢献してMVPを獲得。「分かっていても打てない」と言われたフォークが伝家の宝刀だった。

 佐々木は東北福祉大の時にフォークを習得。ツーシームの握りで手首をロックして投げる投手が多いが、佐々木はフォーシームから指を開いたように握り、手首も利かせた。フォークの球速、落差、変化も変幻自在だった。140キロ台の高速フォークに加え、球速は落ちるが高めのボールゾーンからストライクゾーンへ落ちていくフォーク、縫い目にかけた人さし指と中指の力を加減してシュート、スライダーのように左右へ曲がるフォークなど4種類の軌道で投げ分けた。

 卓越した理論と高度な投球技術でリリースの瞬間に速球の握りからフォークの握りに変えて投げることも。「ハマの大魔神」の全盛期のフォークは当てることさえも至難の業だった。


野茂のフォークの握り

・野茂英雄(近鉄)
※NPB通算成績 139試合登板、78勝46敗1セーブ、防御率3.15
※MLB通算成績 323試合登板、123勝109敗、防御率4.24
 
 打者に背中を見せるほど大きく体をひねって投げる“トルネード投法”で日米通算201勝をマーク。ソウル五輪での銀メダル獲得に貢献するなどアマチュアNo.1投手として注目され、ドラフトでは史上最多競合数の8球団が競合。新人から4年連続最多勝に輝き、メジャー挑戦1年目の95年に236奪三振でタイトルを獲得した。2年目以降も16勝、14勝の大活躍で「トルネード投法」は日本だけでなく、米国でも社会現象になるほどの人気だった。

 150キロを超える直球とともに野茂の代名詞がフォークだった。親指と薬指でボールの下側を支え、手首を固定したまま振り下ろすようなイメージで投げる。佐々木と同様にフォークの制球力が抜群だった。2ボールなどカウント不利な状況でも高めのボール球からストライクゾーンに落ちるカウント球と、落差の鋭いフォークの決め球を投げ分けて三振の山を築いた。

“トルネード投法”で腕の出どころが見づらく、タイミングも取りにくいのが大きなプラスアルファに。現役時代の後半には真っすぐ落とすだけはなく、シュート気味に落ちる軌道のフォークも投げていた。魔球は後輩たちに継承される。2月の春季キャンプではパドレスのダルビッシュ有が球団アドバイザーを務める野茂からフォークを直伝されたことが話題になった。

写真=BBM