初の優勝は巨人、初の連覇は阪神



巨人・原辰徳監督(左)、阪神・矢野燿大監督

 巨人と阪神の、いわゆる“伝統の一戦”が通算2000試合を迎える。プロ野球より長い歴史を誇る巨人に続いて誕生したのが阪神。これに続いたのが中日で、阪神と中日の創立には1カ月ほどの差しかないが、“伝統”のカードは巨人と阪神の対決なのだ。単に歴史が長い順というだけではない。さかのぼること85年。プロ野球が始まった1936年に、その原点がある。

 王座に君臨する巨人、それに牙をむく阪神。この構図が長かったこともあり、にわかには信じられないという向きも少なくないだろうが、この36年、巨人と阪神(タイガース)は完全に互角だった。巨人は、現在は沢村賞にも名を残す快速球エースの沢村栄治に加え、のちにプロ野球で初めて通算300勝を超えたスタルヒンを擁するなど強力な投手陣。打線も38年の秋季シーズンにプロ野球で初の三冠王となる中島治康、闘志と逆シングルをトレードマークにした名遊撃手の白石敏男と充実していた。一方のタイガースは主将の松木謙治郎、“二刀流”の景浦将ら打線の印象が強いチーム。のちに豪打で“ミスター・タイガース”と呼ばれる藤村富美男も“二刀流”でマウンドに立っている。


1936年の巨人・沢村栄治

 プロ野球の幕が開けた36年、春のリーグ戦は、巨人は第2次アメリカ遠征のため、まさかの不在。巨人は夏のトーナメント戦から合流した。このときは球場難で王座決定戦が中止に。秋の選手権で4リーグ戦、2トーナメントで、それぞれの優勝チームに1点(2チーム優勝なら0.5点)が与えられ、その勝ち点で36年の優勝チームを決めることになった。このとき、勝ち点2.5で並んだのが巨人とタイガースだった。連盟が協議した結果、この2チームが3試合を戦うことになる。

 第1戦は巨人、第2戦ではタイガースが、同じ5対3で勝利。第3戦は2回表に2点を先制したが、4回裏に巨人が4点を奪って逆転。5回表からは3連投となる沢村が登板して後続を断ち、巨人がプロ野球で最初の優勝チームとなった。

 この雪辱に燃えたのがタイガースで、翌37年から2年連続で巨人を年度優勝決定戦で撃破して連覇を達成。まだプロ野球が手探りだった時代の物語だ。

文=犬企画マンホール 写真=BBM